第2話 魔術師ルシュド

「助かった。鄙火」


「おや、今さら礼など不要です。城の金銀財宝を竜人どもに渡したくないのは、私とて同じですからね」


 鄙火はケラケラと笑いながら答える。


「俺は財宝欲しさに剣を振るったわけではない。全ては亡き主君のためだ」


「あー。そうでしたね」


 俺の生まれた和泉家は、扇ヶ谷将軍家に代々仕える武士の家系だ。五帝だか何だか知らないが、そんなのに主を殺された挙句、これを好機と見た竜人に居城まで荒らされて黙っているわけにはいかない。


 竜人どもの侵攻から国を守り、必ずや仇の首を取る。それだけだ。


 一方の鄙火といえば、灯教の尼僧だというのに、金に目がない。あわよくば扇ヶ谷家の遺産を手に入れたいという下心を、隠そうともしない。俺に協力するのも、五帝の絶大な財力に目が眩んだだけだろう。


「殊勝な心掛けで」


「……バカにしているのか? 剃髪すらしない偽尼には言われたくないな」


 鄙火は、教えに反して髪を長く垂らしていた。美しい銀髪だが、灯教では御法度だ。


「私のように徳の高い僧は、髪を切らずとも煩悩に惑わされることはないのです。私の扱う強大な法力こそが、その証左」


「煩悩まみれのお前が言っても、説得力はないな」


 どうせ嘘八百を並べ立てているに違いない。大した破戒僧だ。


「な……アグニ様が……」


「やられただと?」


「人間ごときに?」


 竜人たちは皆驚き、狼狽している。


 人間の侍では自分たちの鱗すら斬れなかったのに、巨竜を屠る者が現れたのだ。そりゃあ驚くだろう。


「かかってきな、竜人ども。全員返り討ちにしてやる!」


 だが、竜人たちは剣を構えるだけで、じりじりと後退していく。竜の血を被った俺に、よほど恐怖していると見える。


「来ないならこちらから行くぞ」


 俺が突進しようとした瞬間、冷や水が降ってきた。雨ではない。かなりの水量がある。


「そこまでにしましょう。そこの武人の方」


 見ると、金髪の青年が立っていた。ローブに三角帽、マントを羽織っている。出で立ちからして、西方の魔術師か。


「邪魔をする気か?」


「滅相もない。私はルシュド。あなたを邪魔するほどの力などありません。武勇猛々しいのは結構ですが、城が灰になっては元も子もない。消火活動を手伝ってください」


「ハァ? その前にこの竜人どもをどうにかしないと……」


 だが次の瞬間、辺りの竜人たちの頭は次々と爆ぜた。その光景についぞ恐れをなしたのか、残りの竜人たちも逃げていった。


「魔術か。見るのは二度目だが、大したものだ」


「そんなことより、城が燃えてしまいます。五帝印だけでも回収せねば!」


 そう叫んでルシュドはどこからともなく呼び寄せた水を操り、城に放水していった。

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