第3話

「…夜になってる」


 目を覚ますと、辺りはすっかり暗くなっており、キレイな月が雲から顔を覗かせていた。


 携帯で時間を確認すると、時間は午前1時。


 下校したのがだいたい4時くらいだから、9時間も寝ていたことになる。


 すぐ隣には、智也が自転車に覆いかぶさるように倒れていた。


 さっきまで普通に歩いてたよな?と疑問に思いつつ、智也を揺さぶり起こす。


「おはよう智也」


「おはよう翔…なんで夜になってんだ?」


「わからない。気づいたらこうなってた」


「そうか…」


 二人でそれぞれの持ち物を確認する。


 特に物を盗られたというわけでもなく、体も健康そのものだ。


 更に不可解な点は、僕たちが9時間も倒れていたにも関わらず、放置されていたことだ。


 人が倒れていたら、通報くらいするだろう。


 道路の白線を大きくはみ出しているなら、尚更だ。


 これが1人の時に起こっていたら取り乱していたかもしれない。


 近くに人がいるだけでここまで安心できるんだな。


 智也も状況の整理が終わったみたいだ。


「倒れていたことはひとまず置いといて、これからどうする?」


 智也もこの状況の異常性に気づいたのだろう。


 真剣な表情でこちらに問いかける。


「…取り敢えず、周りの状況を見つつ、二人で近い方の家に行こう」


 誰も通報してくれない状況から、ここらへんに人がいないか、いたとしても非情な人の可能性が高い。


 そう考えを口にすると智也は少し考えてから、口を開いた


「そうしよう。何もわからん今の状況じゃ、それが一番安全そうだしな。俺ん家は、ここからチャリで20分くらいかかるから、翔の家に行こう」


 智也も僕の案に賛同してくれ、二人で僕の家に行くことになった。


 僕の家には大人がいないのが不安だが、深夜の街を彷徨うよりかはマシだ。


「その前に警察に連絡したほうがいいんじゃないか?」


 僕が歩き出そうとした時、智也がそんな提案をしてきた。


 確かになんで忘れてたんだろうと思い、110番通報する。


 異変に気づいたのはそこからだった。


「只今おかけになった電話番号は…」


「はあ?!」


 いくらなんでもこれはおかしい。


 今僕たちがいるのは市街地なので、電波が繋がらないなんてことはあり得ない。


 今連絡できるすべての人に片っ端から電話をかけるが、一向に繋がる気配はない。


 二人で顔を見合わせる。


「本格的にやばいことになってきたんじゃないか?」


「急いで僕の家に行こう」


 ここら一帯の警察や病院が機能していないとなると、今八尾市は完全に機能を停止していることになる。


 カバンや自転車など、動きを阻害するもの、小回りの聞かないものはその場に置いておく。


 この状況を作り出している原因がわからないので、逃げやすいようという智也の提案だ。


 僕の気付かないことに気付いて指摘してくれる智也は本当に心強い。


 スマホのライト機能を使い、智也が後ろを、僕が前を照らしながら慎重に僕の家を目指す。


 こんな異常事態にも関わらず、街が静寂に包まれているという事実が、僕の心を恐怖で塗りつぶそうとしてくる。


 そんな異常な空間を歩くこと数分。


 前方数十メートル先に小さな人影を発見した。


 やっと人を見つけたと近づこうとする僕に、智也が肩を掴んで引き戻す。


「少し様子を見よう」


 智也に言われるがまま明かりを消し、近くのブロック塀の中に隠れる。


 塀の模様の隙間からその人影を凝視した。


 それを見た瞬間、僕たちは絶句した。


 街灯の下まで歩いてきた人影は、緑色の肌の小人、だった。


 身長は人間の10歳程度しかなく、腹は出ているが他は不気味なほどやせ細っており、猫背。


 衣服は腰に布を巻き付けているだけの簡素なものだが、右手には細長い木の槍を、そして左手には6歳ほどの子供のの頭を鷲掴みにして持っていた。


 ようなものと表現したのは全身の皮膚は剥がされ、顔も何かで強く殴りつけられたように陥没し、いたるところに槍で刺されたであろう穴がいたるところに空いており、引きずった後には血がこびりついていた。


 見ていた風景がぐにゃりと音を立てて歪み、激しい吐き気に襲われ、必死に手で抑え、耐えようとする。


「ゲッゲッゲッゲッゲ!」


 新しいおもちゃを手に入れた子どものように、醜い笑顔で嗤い、槍で子供を殴り始めた。


 肉が潰れる。


「ブチ」「グチュ」


 骨が砕ける。


「バキ」「ゴキ」


 静かな市街地に響き渡る。


 叩かれるたびに物言わぬ肉塊となった子供は痙攣し、血が飛び散る。


 その様子に耐えきれず、吐いた。


「グギャッ!」


 ゴブリンが反応する。


 だが、今の僕には、気にする余裕なんて、無い。


 呼吸が粗くなる。


「ハッ…ハッ…ハッ…」


 心臓の音が聞こえるほど大きくなり鼓動が加速する。


 ドッドッドッドッ…


 景色が更に歪み、地面に手をつく。


 智也が背中をなでてくれる。


 智也の方を見る。


 智也自身も口に手を当てて苦しそうだ。


 智也が、まっすぐ僕を見て囁く。


「…こっちにゴブリンが近づいてきた。俺が合図したらあそこにある工具を持って、お前の家まで走る。もし掴まれたら死ぬ気で殴れ。いいな」


 智也は完成目前の木製ベンチの横にある工具箱を指差す。


 朦朧とした意識の中、僅かに頷く。


 智也はハンマーを、僕はバールを手に取り、その時を待つ。


 永遠とも思える数秒の間に、深く深呼吸し、覚悟を決める。


 智也が顔の横で、左手を前に倒す。


 僕と智也は、一気にゴブリンの前に飛び出した。

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