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 厳しい寒空の、日も暮れ始めた頃合いに。


「いつも思ってたんだけどアイリス、そのかっこ寒くない? おまえと似たような制服姿の女の子でもコート羽織ってるぞ」

「あれはゴワゴワして好かん。寒いのは魔導力でどうにかしとう」


 ラジェらは休憩がてらに、ホワイトとアイリスの三人で例によって〈慧龍寨城ラザルスとりで〉の街中をふらつく。

 小さな子供たちは孤児院に帰っている頃合いなので、ラジェの存在に反応するのはそれ以上の層の学生たちだけだ。とはいえ道ゆく先で声をかけられるには違いなかったが。

 それにしても若者が多い。誰しもがモノを運んだり買ったりと忙しそうだ。

 彼ら彼女らは口々に言っている。

 学院州祭。学祭。準備。そろそろ。


「ふむ。近頃はぼちぼち賑わっとうな」

「学院州祭、行政区のほうでもやるらしいが賑わいはこっちの方が上だぜ? なんたって三〇万人の大騒ぎだからな。経済も動くしラザルス様々ってわけだ」


 学院州祭。それは合聖国建国の父にして中南聖大陸ラテンコロンビア解放の革命家ラザルスの偉業を讃える一大イベントである。


 背景は今から百五十年近く前。

 ラザルス・レイは当初の王立連邦ブリテン領北聖大陸一三州の独立に飽き足らず、列強からの搾取に虐げられていた中南聖大陸ラテンコロンビアの独立革命をも夢想した。

 ラザルスは怯まず圧政者と闘った。彼は幾多の英雄的逸話を積み上げ、ついに南北聖大陸にまたがる一つなぎの民主国家連邦——現在の合聖国USSを成立させた。独立革命の成果にして連邦統合の象徴として創設されたのが、合聖国首都ワシントンD.C.と対をなす「若者だけが舵を取る自治州」——学院州というわけである。


 そのような崇高な理念はとにかく、騒げそうな時に遊び倒そうというのが学生の心理である。

 よって普段は暇そうなラジェも、イベントの手配確認やら警備防災の計画やらで事前調整が忙しいのもうなずける。


「アイリスって、ラザルス・レイに育てられたっていうけど歳が合わなくない? 軽く一八世紀後半生まれの人間だし」

「じいじは二百年以上生きた。表向きは六十歳そこそこで死んだことになっとうけど、影から色々しとったらしい。天寿を全うしたのは私が八歳になったとき」


 アイリスは買い食いしたアイスを味わいながら、ラザルスをつらつらと褒め称える。

 ラザルスは桁外れの〈魔導師〉であったと。勇気も人徳も戦略眼も兼ね揃えたラザルスでなければ合聖国USSの領土は今の北半分だけで、中南聖大陸ラテンコロンビアは列強に搾取され尽くしていたと。

 そして話はアイリス個人のものに移る。デリケートな出自のアイリスを引き取って育ててくれたこと。アイリスが望むものはなんでも見せてくれて、どこでも連れて行ってくれて、なんでも食べさせてくれたこと。あと、よくおんぶしてくれたこと。とにかく大好きだったこと。

 といった具合で、ひとしきりしゃべり終えて満足したところで。


「ラジェ、今日はどこで晩餐にする?」

「俺、夕飯はいいや。夜からまた別のとこで集まりがあるからな。それまで、いつものおもちゃ屋でカードでもしない?」

「それでかまわん。ホワイトにもプレイングを仕込まんといかんし」


 雑談もそこそこに、三人の足取りは自然と目的地に向かっていた。


「店主よ、達者にしとった?」

「ええアイリス様。アイス、一応当店は飲食禁止で……」

「ん。いま食べ終わるけん問題ない」


 アイリスはコーンに押し込むと、もしゃもしゃと丸ごと食べ終えた。

 ともあれ店内の様子。夕方の五時半からショップ大会があるらしい。対戦スペースでは常連の学生たちが対戦したりパックを開封したりとくだを巻いている。

「さて。これからわたし直々に〈民兵単速攻ミニットマン〉での対コントロール戦を教えてやらんこともない」

「回りくどいな」


 すっかり日常に浸かっているホワイトは、デッキをシャッフルしながら本来の目的を思い返す。

 今こうしてアイリスとつるんでいるのは、ユーリアから頼まれた仕事の一環。アイリスの監視のためだ。

 しかしアイリスに〈革命派〉と繋がっている様子もないし、その線はないと言い切れるほどにアイリスはレ=テウに嫌悪感を示している。普段の動きを見るに、外部との繋がりは確認できない。先日パーティーで凶行に及んだオルフォンソとも無関係といえる。

 人格面も、多少わがままな点を除けば人倫にもとるところは一切ないし、郊外区の子供たちへの対応も至極真っ当だ。孤児となった相手にも彼女なりに向き合おうという気概を感じる。

 結論、アイリスが学院州に害をなす人物とはホワイトには思えない。アイリスとつるんでいると不思議と心地よさを感じる。

 ホワイトは思う。こんな平穏がいつまでもホワイトに寄り添ってくれるのなら、ホワイトは〈白い亡霊ホワイティとしての罪の意識は赦されるのだろうか。ひとりの人間として世間に溶け込めば、世界の不正や危機にいちいち気を揉む必要もないのだろうか。柄にもなくホワイトはそう思う。


「店長さん、大会ってのはどれくらいで終わるんだ?」

「だいたい長くて一時間半ですね。もしお時間の都合がつかなかったら途中棄権もOKですよ」

「ホワイト、この後なんかあると?」


 アイリスの問いにホワイトは答えた。


「すまないが、今日の夜はおれも予定があってな。とある恩人からの先約なんだ」

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