第9話 お出かけの準備

 共同生活が始まってしばらくして、トウタが近隣の村に出向かねばならなくなった。食材がすっかりなくなったのである。昨日の時点で気づいていればよかったのだが、案内やら勉強やらではしゃいですっかり忘れていた。


 トウタは慣れた手つきで髪を結い、化粧をして、鏡の前で傷が隠れているかチェックをする。「ま、いいだろ」などと満足そうな姿はすっかり女の子だ。鏡に満足そうに笑うトウタが、なんだか自分より可愛く見えた。


 トウタが選んだのは赤いリボンの髪飾りだ。それはビアンカのお気に入りの一品である。


『むむ、それを選ぶとはなかなかセンスがありますわね。理由をお聞きしても?』

「なんとなく、似合いそうだと思っただけだよ」

『ふふん、教育の成果が出てきましたわね』

「うるせえな……ほら、もう行くぞ。結構かかるんだろ」


 館から近くの村までは、ビアンカの足ではそこそこかかる。貴族ならば馬車を手配させるべき距離だ。


 かつてビアンカは、この行きかえりが苦痛だった。


 足の疲れは貴族として見捨てられたということを思い出させるし、緑の目や、厄介払いされたということから、村人からも腫れ物扱いされている。


 だが今は気楽なものだ。


 トウタと話していれば退屈な道のりも楽しいし、今は身体の主導権を有していないので、疲れはトウタに押し付けている。運んでもらっているという意味では馬車に乗っているのと同じことだ。動力が自分の身体、という点に目をつぶれば。


 一つ気がかりなのは村人から遠巻きにされていることだが。


『先に言っておきますけど、実はわたくし、村ではちょっと敬遠されてますの。この目と、家のことで。だから……』

「任せろ。ヘンなこと言われたらシメといてやる」

『何もわかってませんわ……人を殴ったらいけません。はい、復唱』

「ひとをなぐったらいけません」

『よろしい。とにかく、村の方からじろじろ見られたり、ひそひそ噂されるかもしれませんが、あまり気を悪くしないでくださいな。どうせ、言われているのはトウタではありませんので』

「……そうかあ?」

『そうですわ。ああ、あと、人がいるとき極力はわたくしと話さないように。こちらから指示を出しますので』

「スパイみてえ」


 ぶつぶつと、見ようによっては延々独り言を言うように、トウタとビアンカはおしゃべりしながら、村への道を歩く。とても楽しそうに。

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