第6話 二人の日常

 翌日、今度はトウタがビアンカの身体に入っていた。その翌日はビアンカ。どうやら一日おき、寝ている間に入れ替わっている。昼寝をしてみても入れ替わらなかったが、一度徹夜をしてみたら、昼頃にうとうとしたはずみに入れ替わった。


 また、心の中にある空間で、自分の目と耳をふさぐと、外の様子が分からなくなることが分かった。ただし、身体側の者が発した声も聞こえなくなるため、意思疎通の一切ができない。


 ビアンカはトウタに、自分のふりをするようには求めなかった。どうせ誰も見ていない、館の中で二人きりだ。むしろ、自分の身体が自分らしくない言動をすることを面白がってすらいた。ただ、身体の、特に髪の扱いは入れ替わってすぐに指導をしなければならなかった。トウタの自由にやらせると、寝ぐせもろくに直さないし、顔もサッとしか洗わない。そして無造作に髪をくくろうとする。


 トウタが表に出ている日は、ビアンカは朝から大騒ぎだ。


『ああちょっと、もっと優しく! 乙女の髪ですわよっ』

「しょうがねえだろ、くしなんて使ったことないからわかんねえよ!」

『だから今教えてますわ! もう、ぶきっちょ!』


 と、格闘しながら、トウタは普段のビアンカがする三倍以上の時間をかけて身支度をする。トウタからすれば、小ぎれいにしたところでなんなんだよ、という心持であったが、一応は自分の身体ではない、という意識もあるので、従っている。


「やっと終わった……明後日もやんのかこれ……」

『もちろん、ちゃんと覚えてもらいますわよ』

「めんどくさ……いいじゃねえかもとからキレーなんだし」

『面倒なことをちゃんとやってきたからですわ』

「へいへい。そんなもんか」

『ちゃんと聞いてますの? はいって言ってごらんなさい!』

「へーへー」

『ま! 強情!』


 また、料理についてもトウタは不得手だった。肉は生焼けを恐れて焦がし、包丁では野菜を押しつぶす。また、卵もよく殻をこぼした。もしかして力の入れ具合がわからないのでは、とビアンカが尋ねるが、トウタは忌々しそうに、元からこのざまだったと白状した。


 心の中では、身体が得た感覚はほとんど伝わってこない。ずっと意識があることによる精神的な疲れはあるものの、それ以外は、心の中の空間は恒常性が保たれていた。


 ゆえに、互いの料理を味わうことができない。夜に作ったものを朝に食べることはできるが、なんだかそれも違う気がしていた。


 そこで、トウタが表に出ているとき、ビアンカはよくアドバイスをした。


『まず包丁は猫の手で……ああ野菜を抑えるほうだけです。どうしてそれで落とさないんですの?』

『お皿の角とかじゃなくて平面でひびを入れるといいんじゃないかしら』

『ええい、時間を測っているから安心なさい! 生焼けだったらまた焼けばいいですわっ』


 こちらの指導については、トウタは特に文句も言うことなく従った。内心うるさいなと思う時もあるが、美味しいものを食えるのはありがたい。ビアンカに教わりながら作ると、自分が作るよりははるかにうまい。


 それを伝えると、ビアンカは「ふふーん」と胸を張った。

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