第5話 おはよう、ビアンカ
翌朝、ビアンカは目を覚ました。幾度と見上げた天井が見える。頭がずんと痛むが、熱は下がっている。
ビアンカの意識は自分の身体に戻っていた。
「トータ」
恐る恐る呼びかける。
返事はない。
心臓がの音がやけに大きく響く。
「トータ、トータ……」
あれは、夢だった?
孤独に飢えた自分が見た、都合のいい夢。誰かがいてほしいという望みが、高熱の中で幻影を見せた。たったそれだけのことだった?
だとしたら、なんてひどい夢だろう。ビアンカは自由には動かない腕で、トウタがそうしてくれたように自らの身体を抱く。
今でも、あの抱擁の感覚はまざまざと思い出せるというのに。
「トータ……トータぁ……」
『なんで泣いてるんだよ』
声がした。
『そんなに呼ぶから起きちまったじゃねえか。せっかく休んでやってたのに』
「ああ、よかった! ……あなた、本当にいるのね!」
『ああ? ……なんだ、ここ』
トウタの声に戸惑いが混じる。自分が、昨日ビアンカが漂っていたあの空間にいることに気づいたのだ。トウタの存在を知覚してみて、あれはこの身体の中にいたのだ、ということを実感する。
「わたくしも、昨日はそこにいましたわ。こんな風に聞こえますのね」
『ヘンな感覚だな』
「でしょう? でも、本当によかった。てっきり消えてしまったのかと」
『寝てたんだよ。……ああ、俺がいなくて泣いてたのか』
「べ、別にそんなことありませんわ! ただ、理由もわからず消えられたら困るというだけでっ」
『チエッ、なんだよ』
ふん、とつまらなそうにトウタは頭の後ろで手を組む。トウタからは、ビアンカのゆるんだ頬が見えない。
『じゃあ安心して寝とけよ。まだ治ってはいないだろ』
「いえ、もう大丈夫です。それに、ご飯とか食べないと」
『……そういえば、ここだと腹が減らないな』
「感覚は共有していないようですわね」
この現象のルールを確かめることも必要になりそうだ。
ビアンカは起き上がり、台所に向かう。昨日、いや正確には一昨日よりもかなり楽だ。これならすぐ元気になるだろう。
それどころか、一年間、いや、生まれていた時から常に感じていた寂しさを感じないというだけで、どんどん元気が湧いてくる。
『料理は一人でできるのか?』
「自分で食べる分には十分ですわ」
『ガキのくせにやるじゃん』
『そんなに年変わりませんわよ!』
言い争いながらも簡単な料理を作り、食べる。いつもは暗く寂しい食卓も、自分の中にトウタがいて、その失礼な物言いを聞いていると、寂しさなど感じる暇もない。
ビアンカはそのまま、トウタに館の中を案内する。特に思い入れなどない場所だらけなのに、なぜか語り口は軽く、いくら話しても足りないくらいだ。
それから、ビアンカとトウタの二人の生活が始まった。
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