第4話 一方その頃魔王は
「一体何が起こったというのだ……」
その悪しき魂は、つい先ほどまで自分がいた、器の少女が住まう館の方角を忌々しそうに眺めた。
魂の正体は、百年前、後世に白の聖女として伝わる英雄に封印された魔王そのものである。封印が百年の時を経て綻んだのを魔王は見逃さなかった。再封印がなされるまでのわずかな期間に、自らの魂の一部を切り分け、人間界へと飛ばしたのだ。
魔王の目的は、自らの復活と、取り戻した力による人類の支配。かつて成し遂げることができなかった至上の計画を、今度こそ成功させるのだ。
何をおいても、優先すべきは封印を解くことである。魔王の身体が復活さえすれば、同胞などいくらでも生み出せる。しかし、魂だけでは封印を解くことなどできない。駒が必要だ。魔王の器になりうるほどの魔力を持ち、悪しき魂と融和するような、いうなればつけ入るスキのある人間を乗っ取り、人類にとっての悪役に仕立て上げる。
ビアンカ・フォン・デンヴォルフはまさにうってつけの人材であった。
高い魔力を持ち、世界を呪う悲しみを持ち、孤立している。魂の相性もよさそうだ。腐っても貴族であるから、うまくすればその立場さえ利用できる。受肉さえすれば、人間を欺き、誘導することなど、魔王の魔法で簡単にできる。その代償として、器の魂は穢され、不老の魔王の中で永劫の責め苦を受け続けるだろうが、もともと誰にも愛されない小娘だ。むしろ、その悲鳴と怨嗟の声で魔王を楽しませる、楽器としての役目を与えてやるだけ感謝するべきだ。
さあ、器の意識が失われたが最後、その身体をいただき、まずはこのあたりを魔王の領地としてやろう。そして小娘の身体を使って王都の魔法学園に入りこみ、封印を解く手段を解明するのだ。
祝え。ここからが魔王の凱旋である。
器の少女の意識が遠ざかる刹那、魔王は降臨するかのようにゆっくりと彼女の身体に近づき──そしてどこからともなく飛んできた魂に吹き飛ばされた。
「わーっ!」
くるくると回転し目を回し、館から遠く遠くへと飛んでいった先にいたのは、一匹の小さな蠅。
「な、なんだ、これは。一体何が起こったというのだ……」
気づくと魔王は一匹の蠅になっていた。
「こんなものっ」
魔王はすぐに離れようとするが、思うように魂を操作できない。愕然とする。魔王の力を失っている!
あの時だ。どこからともなく飛んできた魂。あれにぶつけられたことで魂が損傷し、力が失われてしまった。そしてそのまま、蠅の中に入ったのだ。虫の体ならば今の状態でも動かせる。しかしこれでは、人間を支配するどころではない。それどころか、命の危険すらある。
まさにその瞬間、一匹のカエルが姿を現す。蠅の魔王にとってカエルは山ほどにも大きく、天敵であった。
「ぬわわわわーっ!」
命からがらカエルから逃げきり、馬小屋の隅の藁でようやく落ち着いた魔王は、手、ではなく足をこすりながら、絶叫した。
「くそっ、今に見ていろ。すぐに力を取り戻して、人間どもを支配してやるーっ!」
ゲーム「Blossom~白の聖女と魔法学園!~」の誇る悪辣なラスボス、黒き魔王の悲しい現在であった。
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