第2章 ヘンタイストーカー美少女はいかがですか?
第18話 伊香賀ちゃんのお世話はいかがですか?①
次の日の朝。
七時〇〇分。
時計の天辺を叩いて大きな目覚ましの音を止めた。
そうか、今日から一週間で俺がロリコン性犯罪者ではないことを、ただ伊香賀ちゃんを預かっているだけであるという証明に努めなければ。
その決意を胸に、布団から出ると――。
「いや、何で俺の部屋で伊香賀ちゃんが三点倒立してるんだ……?」
真っ直ぐきれいなフォームで三点倒立をする幼女、もとい伊香賀ちゃんの姿がそこにはあった。
長い黒髪が床に広がっており、足の踏み場に困る。
信じられないことに伊香賀ちゃんから寝息が聞こえてくる。
ほんとに、どんな寝相をしているんだか……。
「あ、伊香賀ちゃんこんなところにいたんだ……」
俺の部屋の扉がゆっくりと開き、うがいちゃんが顔を出す。
「寝相悪すぎてここまで来たんか、伊香賀ちゃんは?」
「知らないッ!夢遊病か何かじゃないのッ!」
俺をギロリと睨んでいるあたり、昨日のお風呂を覗いてしまったことをまだ怒っているようだ。
やっぱり目が真ん丸すぎて睨まれてもあまり怖くない。
「とにかくまずは起こさないとな……。うがいちゃん、伊香賀ちゃんが倒れないように足のところ持っていてくれないか?」
「うるさいうるさいッ!自分でやってよねッ、このヘンタイスケベお兄ちゃん!朝ご飯つくってくるッ!」
そう言ってうがいちゃんはキッチンのほうに行ってしまった。
ヘンタイとスケベはほぼ同義語ではないのか……。
にしてもとにかく、これは一回ちゃんと謝らないとだな。
昨日もかろうじて晩ごはんはつくってくれたけど会話一つもなかったし……。
「あれ、もう朝ですか?」
「そうだけど……。よくそのフォーム保っていられるな……」
伊香賀ちゃんは目を覚ましたにもかかわらず、三点倒立の状態のままピクリとも動いていなかった。
ここまで来たら超人技とか、大道芸とか、その域である。
「まあ、慣れているので」
そう言って伊香賀ちゃんは華麗に足を着地させた。
昨日の朝と同様に、長い黒髪はまるで静電気で引っ張られているかのように天井に向かって逆立っていた。
「というか、なんであなたがここにいるんですか?」
「それはこっちのセリフだよ。ここ俺の部屋だぞ」
「……、あ。すみません、私寝相悪いもので」
「一体どういう原理なんだよ……」
あたりを見回す伊香賀ちゃんに対し、俺はため息を漏らした。
「あれ、また髪の毛が立ってしまいました。あなたが直してください」
「なんで俺がやらなきゃ駄目なんだよ。自分でやれよ」
「自慢じゃありませんが私、こういうの自分でできないんです」
「ほんとに自慢じゃないな……」
「昨日も学校行くの恥ずかしくて仕方ありませんでした」
「いや、めちゃくちゃ堂々としてたじゃねーかッ!むしろこっちが恥ずかしかったぞ!」
「いいえ、もう限界です。なので直してください」
伊香賀ちゃんは表情一つ変えず、俺に一歩近づいた。
「嫌だって!そんなことしたら遅刻しそうだろ!」
「『私をお世話できるプラン』だというのに……。勿体無いです」
「だから言っただろ?俺は伊香賀ちゃんのほっぺただけが目当てなんだ!」
「お世話してくれないんだったらほっぺた触らせてあげませんッ!」
「うぐッ――」
伊香賀ちゃんはほっぺたの前に両手でバリアをつくって言った。
俺は昨日の衝撃を思い出す。
伊香賀ちゃんのほっぺたの感触。
まさに、指先に広がる俺の理想。
手放すという選択肢が俺にはなかった。
「もうわかったよッ!そこに座ってろッ!今ドライヤー持ってくるからッ!」
「了解です」
伊香賀ちゃんはほんのりと口角を上げ、俺の布団の上にちょこんと座った。
こいつ、完全にほっぺたを利用してやがる……。
悔しいながら、俺は洗面台まで走っていった。
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