第17話 本気の説得はいかがですか?②
「私、一週間前に父親と口論になって家出したんです……。家出の理由は聞かないでください……」
「やっぱり家出だったか」
頑なに親のことについて口を塞ぐ態度に、俺もさすがになんとなくは察していた。
「家出してからは行くあてもなく、仕方ないので学校に忍びこみました。そこから一週間学校で過ごしてました」
「そうだったのか……」
「ただ、必要なものとか大切なものとか、全部リュックに入れて家を飛び出したんですけど……。財布を忘れちゃって……。そのせいで冷水で体を拭いたり、うさぎの餌を食べたり、ほんと最悪でした」
「そ、それは災難だったな……」
明らかに伊香賀ちゃんのせいだが。
てか、うがいちゃんの部屋にあったでっかいリュック、伊香賀ちゃんのものだったのかよ。
「それであなたに私を購入してもらう発想に至った経緯ですが……」
伊香賀ちゃんは自分の髪の毛先を指でクルクルさせながら話を続けた。
「その……、毎日うさぎの餌やりに来てたじゃないですか……。実はその姿をずっと物陰から見てて……。この人にならお世話されてもいいなって思ったんです!」
「まじかよ……」
俺が「うさちゃん!うさちゃん!」って言って愛でてたところも見られてたのかよ。
めっちゃはずいじゃん。
「お金も欲しかったのでいっそお世話できるというビジネスにしちゃおうと思ったんですけど……。簡単には引き受けてくれないと思ったので、包丁でエイッと……」
「エイッとするなよ!」
「でも、こっちは命がかかってたんですよ!?」
伊香賀ちゃんは無表情のまま頬を膨らませた。
てか、なんで逆ギレしてるのこの娘……?
「まあ、わかったよ。つまり、何らかの理由で家出して転校する予定の学校に一週間住み着いたがお金もなく限界になったから俺を脅してここに来たってわけだな?」
「だいたいあってます。そういえば、今日学校に置いてきたリュックを回収したのでうがいちゃんの部屋に少しだけ私物を置かせていただきました」
「おお、そうか」
伊香賀ちゃんが学校で制服を着ていたのは、一旦実家に戻ったわけではなく、学校に置いてきてたというわけだったのか。
それにしても、伊香賀ちゃんが家出した理由がやっぱり気になる……。
夏夜先生に詳細に説明しないと許してもらえなそうだと俺は思った。
「やっぱり家出した理由を教えてくれないか?でないと俺がやばいっていうか――」
「それは駄目です」
伊香賀ちゃんは俺の言葉を遮るように言った。
「そこをなんとか……」
「……。触りたいんですよね、私のほっぺた?」
「え……?」
伊香賀ちゃんは自分の両頬を手でバリアするように覆っていた。
「親のこととか、家出のこととか、これ以上聞いてきたら触らせませんよ?」
「どうしてだよッ!契約違反だろッ!」
「別に何かにサインしたわけではないので。では、もうほっぺたは触らないってことでいいですね?月額は一万円に値引きしておきます」
「グッ――」
「どうしても触りたいようですね……。でしたら約束してください。もう言わないって……」
伊香賀ちゃんは依然無表情にもかかわらず、俺には小悪魔のように見えた。
伊伊香賀ちゃんはゆっくりと自分のほっぺたから手を離し、俺の腕を持った。
俺の手が伊香賀ちゃんのほっぺたにゆっくりと近づいていく。
触れば、約束したことになってしまう。
約束すれば、社会的に死ぬ可能性が高まる。
それでも俺は抵抗することができなかった。
そして、指先に伊香賀ちゃんのほっぺたが触れた瞬間――。
脳に衝撃が走った。
指先に伝わる心地良い体温。
陶器のようにすべすべとした肌。
押し込めば天国にも昇るようなふんわりもっちりとした触感。
俺のほっぺたノートに書いた理想がそこにはあった。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「ちょっと、そんなに触らないでくださいッ!」
ほっぺた欲のタガが外れ、ピアノを弾くように伊香賀ちゃんのほっぺたを触り始めるとさすがに手を剥がされてしまった。
俺としたことが……。
国宝級のほっぺたなんだ、もっと大切に触らなければ……。
「ごめん。完全にほっぺたに意識が持っていかれてた」
「どういう意味か全くわかりませんが……。でも約束、しましたからね?」
伊香賀ちゃんは首を傾けながらそう伝え、俺の部屋をそそくさと出て行った。
「約束、してしまった……」
窮地に立たされているというのに、幼女に一本取られてしまったな。
幼女じゃないけど……。
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