第16話 本気の説得はいかがですか?①

「鼻血、大丈夫そうですか……?」


 扉の隙間から顔を出した伊香賀ちゃんは俺に尋ねた。


 先ほどまでとは打って変わって、伊香賀ちゃんの長い黒髪は艶やかに下ろされていた。


「ああ、今も絶賛流血中だよ」

「言っておきますけど、あなたのせいですからね……」


 両方の鼻の穴に血のにじんだティッシュを突っ込んで顔をしかめる俺に対し、伊香賀ちゃんは呆れている様子だった。


 ちなみにうがいちゃんのほうは完全に怒っており、口も聞いてもらえない状況だ。


 昼ごはん俺の分作ってもらえなかったし……。


「ああ、そうだ。伊香賀ちゃん、これ返すよ」


 俺はかばんの中から、昨日伊香賀ちゃんが持っていた包丁を取り出した。


 下校時にこっそり回収していたのだ。


「ああ!刃の部分を持たないでくださいよ!指紋が付いちゃうじゃないですか!」

「いや、柄の部分持って渡したら危ないかなって」

「渡し方次第ですよそれは!もうッ!」


 伊香賀ちゃんは眉を逆ハの字にして、怒った口調で俺に言った。


 こうやって感情を露にする伊香賀ちゃんというのはなんだか新鮮である。


 伊香賀ちゃんはどこからか高級そうな木箱を持ってきて、それに包丁をしまってから嬉しそうな顔で撫でていた。

 

 というかこいつ、ただの包丁マニアなのか……?


 ただ、俺には伊香賀ちゃんの素性というものを聞く必要がある。


 でなければ俺が社会から抹消されてしまう……。


「なあ、伊香賀ちゃん。ずっと隠しているけど、そろそろ自分のことを話してくれないか……?でないと俺が本当に困るんだ」

「ああ、はい……」


 伊香賀ちゃんは少し躊躇うような表情を見せた。


「じゃあ、わかった。両親のことについては聞かないよ。でも、なぜ俺に『私を買ってください』と脅したのか?その経緯については『お客様』として聞く権利があるんじゃないか?」

「はい。その通りですね……」


 伊香賀ちゃんは少し逡巡した後、重苦しい表情で口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る