第6話 竜討伐
死都ゴオの森での
個体数が少なく、最後に
王宮内では
アジスザーゼン王国の首都ドゥアツク北東部に位置する死都ゴオは、古代の
現在は多数の死霊が
これを恐れ、数千年にわたり人の立ち入りがほとんどないため、周辺は
死都ゴオの森は、首都ドゥアツクから、さほど遠くない距離にある。仮に、
パーティメンバーは、次の5名である。
1
2 王国近衛騎士団の若手ホープのマルク・ダン・ハルトマン
3
4 弓の名人で、エルフ族のニルー・ディムヘ
5 聖女タミー・バイアー
さらに、見習いとして、マリウスの娘リーサが同行する。
一行は、ついに死都ゴオの森にさしかかる。
「ああ……ちょっとお花摘みだ……」
と告げて、森へ分け入ったマリウスの声には、
◆
コカトリスを倒し、命の危機は去ったものの、
何とか正気を取りもどしたのは、ガサッ、ガサッと森を分け入る音がしたときだった。
反射的に魔法の杖を構え、警戒する。
「おい!
と、マルクが大声で
「だからお花摘みだと言っただろう」
マルクの手には、青灰色の葉で、小さな黄色い5弁の花が咲いた木の枝が何本か握られている。
「なんだよ! そのショボい花はよう!」
「知らぬのか? ヘンルーダだ。コカトリスの石化を防いでくれる」
「コカトリス? まさか出たのか?」
「ああ。3羽まとまっていた」
「なら
マルクは、危機感をにじませる。
「そいつらなら、もう倒した。そこらで消し
感情の薄いもの言いに、マルクは違和感を覚える。
そして、異臭に気づいてしまった。見れば、マリウスのローブの
「
「ああ。間に合わなかった。歳は取りたくないものだな……」
2人の間に、何ともいたたまれない空気がただよう。
「とにかく、戻ろうぜ。リーサたちが心配している」
「そうだな」
2人の間に一言の会話もなく、黙々とパーティの隊列へと帰還する。
憂い顔で立ち尽くしていたリーサは、マリウスの姿を目にすると、駆け寄ってきた。
「お父様! 大丈夫なのですか?」
マリウスは、リーサと目を合わせることができず。視線をそらし、沈黙している。
「コカトリスが3羽もいたが、
代わりにマルクが答える。
「まあ! それは、たいへん! おケガはないのですか?」
「ケガはねえみてえだ」
リーサは、さすがに違和感を感じ、不審さをにじませる。
「ええと……
「着替え? ありますけど……」
リーサは不思議そうに答える。そして、マリウスの姿に気付き、ハッと息を飲んだ。
「ああ……少し濡れてしまったんですよね。よくあることです」
リーサはうろたえて、妙に早口になっている。
「でも、着替えるだけじゃなくて、念のため体も洗った方がいいんじゃないかしら? 近くに小川でもあるといいなあ……」
状況を理解した他の者は、一言も言葉を発せない。
話の流れで、小川を探すことになり、しばらく歩く。
マリウスは異臭を避けるため、隊列から離れて最後方からついていき、これにマルクが付き添った。
幸い、近くに小川を発見した。まだ、森の入り口で、水は汚染されていない。
マリウスは、全裸になると、黙々と体を洗う。
少し離れて、マリウスが脱いだ下着とローブをリーサが洗濯している。彼女は、父の裸を目にして赤面していた。
(ついこの間まで、一緒に風呂へ入っていたのに……)
リーサに、よそよそしさを感じた。が、思い直すと「ついこの間」が軽く10年以上前だったことに気付き、
それを顔に出さないようにしながら、きちんとそろえられていた下着とローブを身に着けると、香りのついたケルン水を手首に付けた。
ケルン水は、50歳を過ぎてから、加齢臭を気にして付け始めたものだが、無意識に多めにつけてしまった。
「すまない」
マリウスは、リーサに声を掛けるが、明らかに気落ちしている。
「やだ。お父様。娘に遠慮なんてしないでください」
「ああ……」
もう一度謝りそうになる。かといって、選ぶ言葉が思いつかなかった。
一息ついて、森の奥へ向かう。
ゾンビ、スケルトン、グールなどのアンデッドが立ちふさがるが、若き精鋭たちの敵ではない。
コカトリス、マンティコア、ティラコレオ、サーベルタイガー、ニグルムジャガー、エラスモテリウム、セラティスヴァイパーなどの猛獣・怪物も出現する。
ゾンビなどより、よほど強いが、これらも退けていく。
マリウスは、魔術師役をリーサに任せて、監督役に徹し、状況を
中心部の死都ゴオを前にして、グオーッという雷鳴のごとき
巨大な竜の影が上空の太陽を遮り、パーティは影に包まれる。
逆光で形しか視認できないが、不快な腐臭が鼻を突いた。
「ドラゴンゾンビだな」
マリウスは断定した。
300年ほど前。魔たる王を倒した勇者一行は、その後、死都ゴオの森で、
――討伐するだけして、死体を放置とは……勇者とやらにも困ったものだな。
ドラゴンゾンビは、パーティを認識すると急降下してきた。
マリウスは、口を大きく開く予備動作を見逃さない。
「ブレスが来る! 退避準備!」
緊迫した指示には、抗いがたい威厳がある。一同は、退避すべく身構えた。
マリウスは、戦闘慣れしていない聖女タミーを背後から抱きかかえる。
ドラゴンゾンビの吐き出したブレスが向かってくるが、あらかじめわかっていれば、退避は難しくなかった。
ブレスは、辺りの木々をなぎ倒す。あっという間に枯れると、ボロボロと朽ちていく。巻き込まれた
マリウスは、聖女タミーを抱きかかえ、いち早く退避している。
「ありがとうございます。ビショフ卿」
「聖女様の身の安全が最優先ですから。お気になさらず」
タミーが雲の上の地位へ上り詰めた以上、礼を尽くして肩書で呼び合わなければならない。親しく過ごしたあの時間は、もう戻ってこない。
ふとした会話をきっかけに、2人の間に一抹の寂しさがただよう。
「おい! なんとかして、地上に引きずり落とさないと、ジリ貧だぜ!」
マルクが
遠距離攻撃ができるのは、ニルーとリーサだけだ。
「わかっている!」
弓使いのニルーが、ドラゴンゾンビの羽をめがけて矢を放ちながら言い返す。
リーサは、これを聞き流しながら、風魔術で羽を攻撃している。
「リーサ! 尾の先の細いところを狙え! 特大の
たまらず、マリウスが口を出した。
「はい! お父様!」
リーサは詠唱を始める。簡易詠唱では、威力が落ちる。
「
巨大な風の刀がドラゴンゾンビの尾を襲い、見事に先端を切り落とした。
「
マルクが疑問の声を上げる。が、すぐに驚きで目を見開いた。
ドラゴンゾンビはフラフラと迷走を始めると、やがて地上へ落下した。
「ええっ? どういうことだよ」
「竜の
「へえー。たいしたもんだな。歳の功ってやつか」
マリウスは、年寄り扱いされて、不快感をにじませた。
一行は、ドラゴンゾンビの落下点めがけて突き進む。
ドラゴンゾンビは、グワーッと咆哮して威嚇する。
怯まずマルクとオユスフが突進して切りつける。
二ルーとリーサはこれを後衛から攻撃して支援する。
しかし、ゾンビだけに痛覚がなく、ダメージに対する反応がない。
いったん引いたところで、リーサが大魔術を放つ。
「
極寒の
ついに、マリウスが乗り出した。
「
激しい炎の奔流がドラゴンゾンビの体を包み込む。
腐肉が焼け焦げる不快な異臭が、辺り一面に立ち込めた。
致命傷には至らないものの、ドラゴンゾンビは攻撃の威力に
「聖女様! 今です!」
聖女タミーは、手を広げ、光り輝く聖なるエネルギーを込めながら呪文を唱えた。
「
神聖な光がドラゴンゾンビを包み込み浄化していく。
ドラゴンゾンビは、苦しみもだ
「聖女様。効いています。もう少しです」
リーサが激励するが、聖女タミーの顔には脂汗がにじみ、苦しそうだ。
やがて、聖女タミーは気を失い、バタリと倒れた。魔力を限界まで使い果たしてしまったのだ。
リーサが駆け寄り、抱き起す。
ドラゴンゾンビは、苦しさのあまり見境なく暴れまくっている。
「リーサ。聖女様を連れて後方へ退避しろ」
「はい!」
マリウスはドラゴンゾンビの前に立ちはだかる。
深呼吸して深く瞑想すると、呪文を唱え始めた。
「
ドラゴンゾンビは、危機を察知してマリウスへ襲い掛かる。
しかし、それはことどとく
マリウスは、詠唱を続ける傍ら、並行して詠唱廃棄で
「……主神の彼に命をくだしたまはぬことを、伏して願ひ
ドラゴンゾンビは、最後の手段とばかりに、ブレスを吐くべく口を開ける。そこを一段と大きな
上あごを突き抜け、頭から先端が飛び出ている。
それでもなお、ドラゴンゾンビは動き続けている。
「……世々限りなき神々の統合のもと、実存し、君臨する光の精霊王を通じ、マリウスがこれを乞い願う。
詠唱が完成し、強大な炎の竜巻がドラゴンゾンビを包み込む。
煉獄の炎は、罪や穢れを浄化する聖なる炎だ。
ドラゴンゾンビは必死に炎の外へ逃れようとするが、竜巻の中心に吸い寄せられ、それは叶わない。
やがて、ドラゴンゾンビは燃え尽きて、真っ白な灰となって崩れ去った。
マリウス以外の誰もが唖然とした。あれを倒したのか? 目の前で見た光景を信じていいのか?
「お父様! 素敵です!」
いち早く我に返ったリーサは、マリウスに抱きつき、喜びを示した。
「おめでとうございます。ビショフ卿。私など遠く及ばない実力。感服いたしました」と聖女タミーも祝福した。
「いえいえ。聖女様や他の者が弱らせてくれていたから勝てたのです。これはパーティ全体の勝利です」と、マリウスの答えは謙虚だ。
首都ドゥアツクへ帰投したパーティは、民衆の歓呼を持って迎えられた。
調査へ行ったつもりが、討伐まで果たしたのだ。嬉しい誤算というやつだ。それだけに、不安に包まれていた民衆の喜びは倍増したのだ。
マリウスは
一方で、聖女の地位を逃した公爵令嬢フリーダは、タミーへの憎悪をますますたぎらせ、ギリギリと激しく歯噛みした。
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