第5話 聖女
アジスザーゼン王国の聖女ジュリア・ターニャ・エベリングは、祈りの儀を終えると酷い疲労を感じた。
目がくらみ、視界が暗転しそうになる。ふらついたところを、機転を利かせた侍女に支えられ、難なきを得た。
「大丈夫ですか! 聖女様!」
「ありがとう。疲れが出たみたい。部屋で休むわ」
聖女ジュリアは、
(このままでは、あと何年も持たない……)
彼女は、次代の聖女候補を選定し、育成することを決意した。
その旨は、直ちに国内各所で告示された。
貴族の間では、フリーダ・ヴィクトリア・フォン・ベリシャ侯爵令嬢が光魔術の使い手として知られていた。
光魔術の使い手は寡少であり、彼女が次代の聖女になるだろうことが、一致した見解となっていた。
アジスザーゼン王国では、国王と聖女が婚姻を結ぶことが代々の慣行となっている。ただし、聖女は貞潔で、かつ処女であることが常識となっている。婚姻と言っても、夜の営みを伴わない白い結婚なのだった。
王は、他に愛妾を王宮に住まわせ、次代の王をもうける。
聖女候補が必然と思い込んでいるフリーダは、何年も前から、トーベン皇太子と深い仲になっていた。正式な聖女候補となれば、皇太子と婚約できる。フリーダは、期待に胸を膨らませた。
反面、王国の民衆は冷めていた。
皇太子は甘やかされて育ったため、わがまま放題で、倫理観のかけらもない人物だった。
フリーダも侯爵家という高い身分にあって、低い身分の者を食い物にしても何も感じない高慢なお嬢様だった。
悪い意味で、2人は意気投合していた。
◆
聖女候補選定の告示を見たマリウスは、苦悩していた。
フリーダは、遠目で見かけたことしかないが、高い魔力は感じられなかった。せいぜい中級どまりだろう。よほど巧妙に魔力を隠しているなら別だが、そうは思えない。
一方で、タミーは日々腕を上げている。教会の慈善活動にも積極的に参加し ケガ人・病人の治療などに腕を振るっている。彼女は、看護師のような白衣を着て活動していることから、民衆の中には彼女を「白衣の聖女」と密かに呼びならわす者も少なくなかった。
これだけ目立っていては、当局に目をつけられるのも時間の問題だ。
ならば、いっそ自分が推薦しよう、とマリウスは思い立った。
「タミーさん。聖女候補の選定が進められているのは知っているね。私は、君こそ聖女にふさわしいと思う。これまでの、努力も報われるというものだよ。ぜひ、私に推薦させてもらえないだろうか?」
「それは、たいへん光栄なことですが……」
タミーは、そこで黙りこくってしまった。
「どうしました? 何か心配事でも?」
「聖女候補になったら、皇太子殿下と婚約しなければならないんですよね」
タミーの声は暗く、弱々しい。
「そうだけど、光栄なことじゃないか。王子様と結婚なんて、女の子なら誰でも一度は夢見ることだろう?」
「でも……」
タミーは、再び口ごもる。
「もしかして、好きな人でもいるのかな?」
「ええっ? いや……その……い……いません……」
マリウスは、タミーの答えぶりに違和感を覚えた。
(好きとは言い切れないまでも、気になる人でもいるのか?)
「タミーさんに
「いえ。こちらこそ、せっかくのご厚意を……」
「いいよ。気にしないで。君の気持ちが一番だから」
「すみません」
しかし、教会へ聖女宮の者が調査に入り、光魔術のことが発覚してしまい、タミーは聖女候補にされた。
聖女宮の使いが来てしまっては、半強制。平民のタミーは、逆らいようもなかった。
そして選定の儀の日がやってきた。
聖女候補は、フリーダとタミーの2人だけ。
選定の間には、人の頭よりも二回りほど大きい水晶が置いてある。
光魔術の使い手が魔力を込めると、水晶が光るという仕掛けだ。
聖女ジュリアが見守る中、儀式が進められる。
進行役の神官が、手の込んだ儀式を終えた後、いよいよ選定するときがきた。
「それでは、これから選定を行います。まずは、フリーダ嬢から、水晶に手を触れて魔力を込めてください」
フリーダは、タミーへ毒を含んだ視線を向けて牽制すると、自信満々で水晶の前へ進み出た。手を触れ、魔力を込める。
すると、水晶は、夜空を照らす満月のように明るい光を発した。部屋にいた者たちから、どよめきがあがる。
「どうやら、私で決まりのようね」
フリーダは、部屋にいる者たちの前で、
進行役の神官は、聖女ジュリアの様子をチラリと
「次は、タミー嬢。水晶に手を触れて魔力を込めてください」
彼女の足取りは重く、顔も青白い。ためらいがちに、水晶に手を触れ、魔力を込める。
すると、水晶は
フリーダは、誰の目を
タミーは、目をギュッとつぶって、これを耐えしのぶ。
その様子を気味悪がりながらも、神官が聖女に視線を送ると、彼女は軽くうなずいた。
「聖女候補は、タミー嬢に決定しました。なお、フリーダ嬢も光りましたので、聖女候補第2位の補欠といたします」
こうしてタミーは聖女候補となった。
トーベン皇太子とタミーの婚約式は、慣例に
皇太子は当てが外れ、終始不機嫌な表情をしていた。以来、タミーには、一度も会いに来ていない。彼は、平民出身のタミーを見下し、
タミーは根が従順だ。皇太子との関係には目をつぶり、聖女ジュリアの指導を受けて、聖女としての能力をメキメキと開花させていく。
1年後。タミーの実力は、聖女ジュリアを上回るほどに成長した。
それを見届けた聖女ジュリアは、眠るように安らかに息を引き取る。
そしてタミーは、正式に聖女となった。
聖女タミーを民衆は歓呼を持って迎えた。
平民出身という親しみやすさもあるが、実力も折り紙つきだったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます