第2話 養女
マリウスは、その地位に固執していない。
彼がそれだけ飛び抜けた能力の持ち主で、なおそれを越える人物が現れない得ない事実の単純な反映である。その名声は、国外にまで鳴り響いている。
マリウスは、あえて一言でいえば「貞潔」な人物だ。貞潔とは貞操が固く、純潔なことをいい、修道女の修道誓願の1項目でもある。ただし、これは結果論。
ビショフ子爵家は代々魔術師を輩出してきた家系だ。マリウスも御多分に漏れず魔術師を志し、その道に没頭した。脇目もふらず
40歳を過ぎた頃。同僚の中で早いものは、孫が生まれた話も聞く。
自分の得た知識・技術を伝える後継者がいないことに寂しさを感じ始めた。
マリウスは、弟子をとらない主義だ。試みたことはあるが、マリウスは教育者としては出来損ないだった。あまりに天才肌のため、凡人が何をわからないのかわからない。
諦めた彼は、1冊の本を書いた。極めて高度な魔術の実践書。初球から上級までの魔術の基礎的な知識・技能は習得済みであることを前提に書かれた本で、極めて難解な本だった。
その直後、マリウスに大きな出会いがあった。
ある日。皇太子の護衛として、孤児院を訪れた。
王国で布教されている宗教では、金銭に貪欲な者は天国へ行けない、という教えがある。
このため裕福な貴族や商人は、こぞって教会や慈善活動へ金銭を
この一環で教会の運営する孤児院があり、喜捨をした皇太子が視察に訪れたのだ。
マリウスは、もともと清貧を好み、贅沢には興味がない。
そんな彼が、漠然と孤児たちを眺めていたとき、ふと5歳くらいの幼女の姿が目に留まった。
彼女は、超然として一人ポツンと孤児たちから離れて座り込み、一見すると、花壇を眺めているように見える。
だが、他ならぬマリウスには、わかった。妖精や精霊と戯れている。妖精は、花壇に咲く花の妖精やいたずら者のピクシー、精霊は
中でも精霊は、霊的波長の高い存在で、並の霊感の持ち主では見えない。見ることができるのは、精霊視の能力を持つ者だけだ。
しかも、
――これは、本物の天才だ!
5歳のマリウスでも、ここまでできていなかった。彼女は、これを才能だけでやってのけたのだ。
マリウスは、興奮して孤児院の院長室へ乗り込むと、幼女を養子に迎えることを申し出た。
院長は、驚き、
教会の教えでは、子どもは7歳までは天使、すなわち神の使いであり、7歳を迎えて初めて人となるという教えがある。
このため、子どもが様々な職業の見習いを始めるのも、7歳からというのが世間の常識だ。
子がいない職人の夫婦などが、孤児の里親になることはある。これも7歳を過ぎてからが一般的だ。
5歳の女児を求められて、院長は戸惑ったのだ。
しかも、女児の性格は、とてもおとなしくて、物静かだった。女は
だが、マリウスにとっては、知ったことじゃない。
院長は、相手が貴族ということもあり、養子の件を即答した。
マリウスは、喜び勇んで女児のもとへ向かう。
突然、知らないおじさんが突撃してきたので、女児は驚いて後ずさった。
――面倒を見ているのはシスターばかりだし、こんな小さい子の視点から見たら、男の大人なんて巨人だな……。
当惑したマリウスは、仕切り直す。
しゃがみ込むと、視線を女児の高さに合わせた。
「君がリーサちゃんだね。急な話だけど、おじさんの子どもになってくれるかな?」
リーサは、マリウスの顔をじっと見つめる。
「おじさんの回り、妖精や精霊がいっぱいだね。いいよ。楽しそうだから、おじさんの子どもになりたい」
「よしっ! 決まりだ」
マリウスは、嬉しさのあまり、リーサに
「おじさん! 痛いよう」
「ああ。ごめん、ごめん。今度から、気をつけるよ」
これが天才と天才の出会いだった。
魔術の世界に、偶然などはない。
この出会いが、まさにそれだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます