昇天のチェスト

於田縫紀

昇天のチェスト

 特記事項ありますとは書いてあった。

 それでも今の俺にとっては、家賃の安さの方が重要だ。

 その額、一ヶ月で3千円。相場の10分の1以下である。


 だから即決で借りようとしたのだ。

 しかし不動産屋の担当に渋られた。


『申し訳ありませんが、あの部屋だけはお勧め出来ません。それでも、どうしてもあの部屋を借りたいと仰るのなら、一度内見されてから決めて下さい』


 そう言った癖に、担当は部屋には同行しないと言う。


『あの部屋を見に行かれるのでしたら、鍵をお渡しします。こちらからは同行致しませんので、どうぞご自由にご覧下さい』


 そこまで言われて、逆に闘志が湧いた。

 元々金欠でまともな部屋は借りられないのだ。

 ならいっそのこと、告知事項と正面切って対決してやる。


 お清めの塩。

 鏡。

 図書館でコピーした般若心経。

 中学の修学旅行で買って何故か未だに持っている、福岡南蔵院の釈迦涅槃像の模型。

 洒落で実家から持ってきた般若のお面。

 桜島と文字が彫ってある木刀。

 更には白装束のつもりで白Tシャツと白い綿パンツという服装。


 つまりフル武装で、内見に向かったのだ。

 

 俺が借りようとするのは『松峰まっぽう荘204号室』。

 現在仮住まいにしている大学のサークル長屋からは、川を渡って墓場を突っ切って約5分。

 つまり案外大学から近い。


 ついでに言うと駅からも近く、スーパーも300m程度の場所にある。

 しかも周辺は閑静な環境。

 寺ばかりで三方は墓地だから。

 住環境は最高だ。


 特に何事もなく松峰まっぽう荘前に到着。

 鉄筋コンクリート構造で2階建て。

 1階4部屋2階も4部屋の合計8部屋だが、現在は入居者がいないと不動産屋は言っていた。

 曰く、内見だけで退散してしまうとも。


 誰も住んでいないなんて最高だ。

 静かでいいし、騒いでも文句は言われないだろう。


 建物は古く、所々ひびがはいっている。

 しかし家賃の手前文句は言えない。


 鉄製で黒色に塗られた外階段を、ゆっくりのぼる。

 今のところ特におかしな感じはしない。

 階段を上る直前に黒猫が3匹、目の前を横切ったくらいだ。

 餌でもやればなつくだろうか。


 2階に到着、204号室は一番奥だ。

 さてどんな部屋だろうと思って一歩歩いた次の瞬間。

 手前の201号室の扉がいきなり開いた。

 中からなにやら妖怪っぽいのが顔を見せている。


 ふっ、その程度、まだ甘いな。

 とっさに俺の得意技、変顔で対抗。


「ブッ!」


 奴め吹き出しやがった。

 甘い! 修行が足りない!


「勝ったな」


 そう宣言して、外廊下を奥へ。


 来るかな、そう思ったらやっぱり次の扉も開いた。

 今度はのっぺらぼうか。ならこいつだ!

 俺はダッシュして、持っていた般若のお面を奴の顔に押し当てる。


 うむ、のっぺらぼうよりこっちの方が怖い。

 という事で鏡を出して、奴に自分の顔を見せてやる。


「ぎゃっ!」


 奴め驚いて姿を消しやがった。

 落ちた般若面を拾って、そして俺は一括する。


「まだまだだね」


 どうせ次の扉も開くんだろう。

 そう思いつつ更に奥へ。


 開いた。


「うおーっ!」


 鬼っぽいのが中から飛び出ようとする。

 ならこいつの出番だ。


「ちぇすとぉー!!!!」


 俺は全力で木刀を振り下ろす。

 悪いがこれでも本場薩摩の出身だ。

 鬼の一匹二匹、素っ首飛ばせないようでは薩摩隼人の名折れ。


 いい音をして鬼の首が飛んで、そして消えた。

 

「誤チェストでごわす」


 お約束でそう一言告げ、そしていよいよ204号室へ。 

 部屋の扉の真横まで来たが、今度は自動で扉は開かない。

 なので仕方ないから鍵を取り出し、鍵穴にツッコミガチャガチャと回す。


 カチャッ。ブルブルブル……

 鍵が開いたと思った次の瞬間、スマホが振動した。

 何だろう。見ると通話となっている。


「私メリーさん、今……」


「間に合っています!」


 もうすぐ部屋に入れるというのに迷惑電話だ。

 こういうのは、さっさと切るに限る。

 ついでに番号を着信拒否に設定、これで安心だ。


 玄関扉を開けるが、中から何か出てくる様子はない。

 しかし奥で何かがぶらぶらしている。


 見ると貧相な男だ。

 どうやら首を吊ってお亡くなりになって、そのまま死んでいる事に気づかず化けて出ているらしい。


 顔は苦悶の表情。死んでいるのにその事に気づかず吊られ続けているのだから、苦しいのは当然だ。

 おそらくあれこそが、ここの特記事項たる原因だろう。


 ならこの俺が退治してくれよう。

 先程鬼相手に使った木刀を振りかぶる。


「ちぇすとぉー!!!!」


 強い衝撃! やったか!

 そう思った次の瞬間、素っ首が飛ぶかわりに木刀がぶち折れた。


 どうやら長い事吊られた苦痛が怨念と化して、奴を強化しているようだ。

 桜島の土産屋で買った木刀程度では倒せない。


 首つり男はぶらぶら揺れている。

 苦悶の表情を浮かべているが、それ以上の害は無さそうだ。


 しかし奴が放つ陰の気で、ここ松峰まっぽう荘全体が汚染されている。

 この部屋にたどり着くまでに出てきた怪しい連中はそのせいだろう。


 つまり首つり男を昇天させなければ、この松峰まっぽう荘全体が面倒臭いという事だ。

 今よりもっと面倒になっては住むのに支障を来す。

 ここは何としてでも、昇天させるしかない。


 仕方ない。

 木刀で駄目なら我が身だ。


 ただし今のままでは、首つり男の位置が高すぎる。

 周囲を見ると、ちょうど奴が首をつる際に使ったとおぼしき椅子があった。

 なので奴の背後へとセット。ちょうどいい高さである事を確認。


 それではチェスト準備だ。

 俺はズボンとパンツを脱ぐ。

 一応塩でお清めして、そしてぶらぶらしている男のベルトを外すと、ズボンと更に内側を思い切りよく下へ引っ張る。


 グエッ!

 蛙が踏み潰されたような音が漏れたが気にしてはいけない。

 そして降ろしてみると案外立派な尻だ。ならいける。


『本朝男色考』では『薩摩隼人の男風が何時しか浸潤していた』と記されていた。


 クラウスは『信仰、慣習、風習および慣習法からみた日本人の性生活』で『とくにこの愛(男色)は(中略)とくに薩摩の国では、九州の他の国のように、さかんである』と記している。


 故郷の偉人、西郷隆盛に至っては、男の坊さんと心中未遂を起こした位だ。


 そう、薩摩の国は男色の本場。

 今こそ薩摩隼人最大の武器で昇天させてくれよう。

 首つりの苦悶に対抗するは、下半身の快感だ。


 俺は首つり男の背後に回ると、両手で男の腿を掴んで……

 腰を思い切り引いた後、全力で突き出した。


「ちゃすとぉー!」


 ◇◇◇


 松峰まっぽう荘の怪異は取り除かれた。

 俺は一ヶ月3千円で2年間、部屋を借りることに成功した。

 ただ他の部屋も、徐々ではあるが賃借人で埋まりつつある。

 空のままなら好き放題出来たのに、残念だ。 


 ただ時折、人恋しい夜になると思う。

 あの首つり男、もう少し残しておけばよかったなと。

 奴の尻、なかなか締まり具合が良かったから……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

昇天のチェスト 於田縫紀 @otanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説