今度こそ
三鹿ショート
今度こそ
幼少の時分より、私は彼女に対して恋愛感情を抱いていた。
だが、私と彼女にはその年齢に大きな差が存在しているためか、彼女は私の言葉を真剣に受け止めることなく、私の想いを家族に対するような親愛の情としてしか、とらえていなかったようだ。
だからこそ、私以外の男性と交際していたのだろう。
しかし、私が諦めることはなかった。
常より彼女に対しては友好的に接していたが、彼女が恋人と別れた際には、再び己の想いを伝えるようにしていたのである。
そのように行動することで、今度こそ、彼女が私と交際してくれるだろうと考えていたのだ。
だが、失恋している状態においても、彼女が私を受け入れることはなかった。
認めたくはないが、やはり彼女にとって私という人間は、心の底から恋愛対象として見るような存在ではないということなのだろう。
しかし、たとえそうだったとしても、私が彼女に対する恋愛感情を捨てる理由にはならない。
たとえ老人と化したとしても、私は彼女に想いを伝え続けるつもりだった。
それほどまでに、私は彼女のことを愛していたのである。
***
彼女は多くの恋人と別れているが、その理由は全て同じだった。
それは、彼女の恋人が必ず別の女性とも交際していたということである。
そして、本命は彼女ではなかった。
彼女は恋人に対して心から愛情を示すために、交際する全ての男性たちから都合の良い人間として認識されているようだったが、やがて彼女に飽きると、男性たちは彼女を捨てて本命の女性と愛し合うようになっていたのだ。
それでも、彼女は男性と交際を続ける。
毎回のように裏切られているにも関わらず、何故男性を求めるのかと問うたところ、
「どのような理由であろうとも、私を必要としてくれていることに、変わりはありませんから」
彼女がそのように考えるようになったのは、両親が原因だろう。
彼女が良い人間であることは間違いないが、兄や姉などに比べると、明らかに出来が悪かった。
ゆえに、両親は彼女に期待することを止め、彼女以外の子どもたちに愛情を注ぐようになったのだ。
其処で、彼女が道を誤ることが無かったのは、私という人間の相手をしていたことが理由なのかもしれない。
自分に対して好意を示してくれていることが、彼女にとっては、心の救いだったのだろう。
だからこそ、彼女は私のことを大事にしてくれていたのだ。
そして、私のことを、恋愛対象と化すことがない特別な人間として認識する結果となったのだろう。
私が幼少の時分より彼女と親しくしていなければ、彼女が私のことを恋人として選んでくれていた可能性が存在するだろうが、私が存在していなければ、彼女がどのような道に進んでしまうことになったのか、想像しただけで恐ろしくなる。
それを思えば、彼女の恋人と化すことは出来ないが、彼女にとっての特別な存在として生き続けることができるために、ある意味では、幸福と考えるべきなのだろう。
私は、複雑な気分だった。
***
数年後、彼女はようやく誠実な人間と交際することが出来、やがて、結婚するに至った。
互いを心から愛している様子だったために、私が彼女の隣に立つことは、もはや不可能なのだろう。
だからといって、彼女から離れるような真似に及ぶことはない。
たとえ恋人や夫婦と化すことはできなかったとしても、我々が互いを大事な存在だと考えていることに変わりはないからだ。
***
やがて誕生し、成長した彼女の娘から想いを伝えられたとき、私は初めて、彼女の気持ちを理解した。
受け入れることができない相手からの想いを知ることで、これほどまでに申し訳なさを覚えてしまうとは、想像していなかった。
そして、断った際に相手が浮かべた残念そうな表情を見ると、胸が痛んだ。
つまり、これまで私は、自分の想いを成就させるために、彼女に対して想いを伝えていたのだが、その数だけ、私は彼女のことを苦しめていたのだ。
私は、彼女の娘から想いを伝えられたが、それを受け入れることはできないということ、そして、彼女の気持ちをようやく理解することができたと伝えると、彼女は口元を緩めた。
謝罪の言葉を吐く私の肩に手を置くと、彼女は首を横に振った。
その行動だけで、彼女が私のことを許してくれているということが分かった。
その日、我々は言葉を交わすことなく、無言で酒を飲んだ。
気まずさを感ずることはなく、其処で初めて、私は彼女の姿を正面から見たような気がした。
今度こそ 三鹿ショート @mijikashort
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます