第21話

「これを取りたいです」

「分かりました。じゃあ、まずは百円玉を台に入れてください」

「分かりました」


 兎倉先輩はスカートのポケットからピンク色の小さな革財布を取り出した。

 

「獅子王君。どうしましょう。百円玉がありません」

「お札はありますか?」

「はい」

「じゃあ、両替に行きましょうか」

 

 僕は兎倉先輩を両替機に案内した。


「何円でもいいのでお札をここに入れてください」

「分かりました」


 兎倉先輩は一万円札を財布から取り出して両替機に入れた。

 

「このボタンを押してください」

「はい」


 両替機の光っているボタンを兎倉先輩が押すと百円玉がジャラジャラと出てきた。


「百円玉がたくさん出てきましたよ! 獅子王君!」


 兎倉先輩は目をキラキラとさせていた。


「もしかして、両替機使うのも初めてなんですか?」

「はい。初めて使いました」

「そうなんですね。とりあえず、いくら使うか分からないですけど、二千円分くらい両替しときますか?」

「そうですね」


 二千円分の両替を終えた兎倉先輩は百円玉を財布の中に入れた。

 その後、僕も二千円分の両替をした。


「財布が重たくなってしまいました」

「僕もです。それじゃあ、さっきのところに戻りましょうか」

「はい」


 両替を終えた僕たちはさっきのUFOキャッチャーの台に戻った。


「ここに百円球を入れればいいんですよね?」

「そうですね。その前にどれを取りたいか決めましょうか。どれが取りたいですか?」

「あの白い猫ちゃんが欲しいです」

 

 兎倉先輩は台の奥の方にいる白い猫のぬいぐるみを指差して言った。

 ちょっと難しそうだけど、簡単設定の台だから、きっと大丈夫だろう。


「分かりました。じゃあ、百円玉を入れてください」

「はい」

 

 頷いた兎倉先輩は台に百円玉を入れた。

 軽快な音楽が流れ始める。


「まずは一人でやってみますか?」

「はい。やってみます」

「この光ってるボタンを押せばアームが横に動きます」

「はい」

「兎倉先輩が狙っている白い猫のぬいぐるみの位置くらいになったらボタンを放してください」

「はい」

「そしたら今度は奥に進むボタンが光るので、ぬいぐるみの真上くらいになったらボタンを放してください。後はアームが掴んでくれるのを祈るだけです」

「分かりました」


 兎倉先輩は緊張した面持ちでボダンをそっと押した。


「う、動きました」

「手を放したら止まりますからね」

「は、はい」

 

 僕はUFOキャッチャーに挑戦している兎倉先輩の様子を見守っていた。

 勉強やスポーツは人並み以上にできるのにUFOキャッチャーは苦手なようで、数回挑戦しても兎倉先輩は白い猫のぬいぐるみを取ることができていなかった。


「なかなか難しいですね」

「兎倉先輩にも苦手な事があったんですね」

「ありますよ」

「兎倉先輩は何でもきるのかと思ってました」

「そんなことありませんよ。あの、どうすれば取れるのでしょうか?」

「簡単設定なのでここまで取れないことは珍しいはずなんですけどね」

「私が下手だって言いたいんですか?」


 兎倉先輩はぷくぅっと頬を膨らませて僕の方を見た。


「そ、そんなことは……」

「いいですよ。どうせ私はUFOキャッチャーが下手ですから」

「そ、そこまで言ってないじゃないですか」

「ふふ、冗談です。獅子王君がそんなことを言うような人ではないことは知っていますよ」


 ビックリした。

 

「心臓に悪いですよ。やめてくださいよ」

「すみません」

  

 兎倉先輩は舌をペロッと出して僕に謝った。

 二年間一緒に生徒会として活動していたが、兎倉先輩が僕のことを揶揄うのは初めてのことだった。

 だからこそ、本当に悲しませてしまったのかと思ってしまった。


「それでどうしたら取れるのでしょうか?」

「そうですね。一緒にやってみますか? それとも僕がやってみましょうか?」

「獅子王君に取ってもらいたいです」

「分かりました。やってみます」


 兎倉先輩と場所を交代して僕はUFOキャッチャーの台の前に立った。

 

「お金をどうぞ」

「大丈夫ですよ。自分のお金を使いますから」

「ダメですよ。私が欲しくて取ってもらうのに獅子王君にお金を使わせるわけにはいきません」


 自分のお金でするつもりだったが、兎倉先輩が台に自分の百円玉を入れてしまった。

 入れられてしまっては仕方がないので僕は兎倉先輩のお金でプレイをすることにした。

 UFOキャッチャーはゲームセンターに来る度にプレイしているのでそこそこ得意な方だ。

 それにこの台は簡単設定なので僕は一回で兎倉先輩の欲しいと言っていた白い猫のぬいぐるみを取った。


「凄いですね! 獅子王君!」

「たまたまですよ。どうぞ」


 僕は取り出し口から白い猫のぬいぐるみを取り出して兎倉先輩に渡した。

 

「ありがとうございます。大切にさせてもらいますね」


 白い猫のぬいぐるみを抱き締めた兎倉先輩は天使の微笑を浮かベて嬉しそうにしていた。

 その嬉しそうな兎倉先輩の笑顔を見て僕の心臓はドキッと跳ねた。 

 

☆☆☆

 

 

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