第9話

「あの私からも獅子王君にチョコレートがあるのですが貰っていただけますか?」


 兎倉先輩はソファーの上に置いていたカバンの中からピンク色のラッピングがされた箱を取り出した。

 やっぱり孝之の言うことは正しかったみたいだ。

 兎倉先輩がこのチョコレートをどういった意味合いで僕に渡すつもりなのか分からないけど、さすがに受け取らないわけにはいかないよね。


「ありがとうございます。まさか兎倉先輩からもチョコレートが貰えるなんて思ってもいませんでした」

「獅子王君は特別ですからね」

「それはどういう意味ですか?」

「本当はこの気持ちを抱えたまま卒業をしようと思っていました。高校を卒業してお互いに別々の道に歩むことは重々承知しているつもりですし、私もこの街から離れますから。けど、無理でした。一度、自覚してしまったら気持ちが溢れてきて我慢できなくなってしまいました。私は獅子王君のことが好きみたいです」

 

 そう言うと兎倉先輩は頬を赤く染めて恥ずかしそうに僕から視線を逸らした。

 もしかしたらチョコレートを渡されるかもしれないという可能性は考えていたけど、まさか告白をされるとは思ってもいなかった。

 僕はどうするべきなのだろうか? 

 

「すみません。いきなりこんなことを言われても獅子王君のことを困らせてしまうだけですよね。あまり深く考えないでください。ただ、私は卒業をする前に獅子王君に気持ちをお伝えしたいと思っただけですので」

 

 そう言われて、はいそうですか、で終わらせるわけにはいかない。

 兎倉先輩はきっと勇気を振り絞って僕に告白をしてきてくれたはずだ。

 普段の兎倉先輩を知っているからこそ分かる。

 こんなにも頬を赤くして恥ずかしそうにしている兎倉先輩を僕は見たことがない。

 だからこそ余計に悩む。

 僕は兎倉先輩の気持ちにどう応えるべきなのだろうか?

 孝之の言う通り、付き合えばいいのだろうか? 

 僕はどうすればいいのか分からなかった。


「兎倉先輩の気持ちはとても嬉しいです。けど、すみません。僕には兎倉先輩の気持ちにどう応えればいいのか分かりません」

「ふふ、獅子王君が恋に鈍感だというのは分かっていますよ。ずっと獅子王君のことを見てきましたからね」

 

 兎倉先輩は優しい微笑みを僕に向けた。

 

「実を言うと私も自分の気持ちに自覚したのは最近なのです」

「そうなんですか?」

「はい。そして、自覚してしまったら最後、好きな気持ちが止まらなくなってしまいました。きっといつか獅子王君にも分かる時が来ると思いますよ。心の底から好きな人ができた時に」


 心の底から好きな人ができた時に、か。

 物心ついてから今日まで僕は誰かに恋をしたことがなかった。

 そんな僕が誰かに恋をする時が来るのだろうか?

 自分が誰かをに恋をしている未来を僕は想像することができなかった。


「さて、そろそろ出ましょうか。もうそろそろ生徒会の方たちが来られるでしょうから」

「は、はい」


 僕は兎倉先輩と一緒に生徒会室を出た。


「せっかくなので校門で一緒に行きませんか?」

「はい。分かりました」

「ありがとうございます」


 こうして兎倉先輩の隣を一緒に歩くことが後何回出来るのだろうか。

 ふと、そんなことが頭をよぎった。

 どうしてそんなことが頭をよよぎったのかは分からない。

 ただ、兎倉先輩の隣を一緒に歩けなくなることがとても名残惜しいと僕は思っていた。

 軽い雑談をしながら階段を下り、下駄箱に到着してお互いに靴を履き替えた。

 

☆☆☆

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