第5話

「ありがとうな。わざわざ俺のために。めっちゃ嬉しいよ」

「私以外からチョコ貰った?」

「貰ってないからめっちゃ嬉しいんだよ」

「ふ~ん。そうなんだ~。私だけなんだ~」


 猫峰はニヤニヤと嬉しそうにこれでもかと口角を上げた。

 

「てことは、虎谷君は彼女いないってことでいいよね?」

「そうだな」

「じゃあ、私が虎谷君の彼女になってもいいんだよね?」

「言っとくけど俺は獅子王と違って平凡な男だぞ」

「なんで獅子王君と比べるの? 私が好きなのは虎谷君だから。それに私は虎谷君が平凡だとは思わないよ」

「いやいや、それはないだろ。俺なんかどこにでも平凡なモブだって」

「あはは、平凡なモブね。あの日、虎谷君に助けてもらわなかったらずっとそうだったかもね。でも、あの日から私の中で虎谷君は平凡なモブから白馬に乗った王子様に昇格したよ」

「昇格しすぎだろ。別に大したことはしてないと思うけどな」

「虎谷君にとってはそうかもしれないけど、私にとっては心を掴まれるくらい大きな出来事だったんだよ」

「そうなのか」


 あの日のことはもちろん覚えている。

 俺にとっては取るに足らない些細な事だったが、どうやら猫峰にとってはそうではないらしい。


「てことで、私のこと彼女にしてくれる?」


 正直、本当に俺なんかが猫峰と付き合っていいのだろうかという気持ちはまだある。


「本気、なんだよな?」

「うん」 

「そっか。分かった」


 ここまで俺のことを想ってくれてるんだもんな。

 俺も覚悟を決めるしかないよな。

 

「じゃあ、こんな俺だけどよろしくな」

「それって私と付き合ってくれるってことだよね!?」

「そうだな」

「嬉しい!」


 猫峰は思いっきり抱き着いてきた。

 そんな予感がしていたから俺は猫峰のことをしっかりと受け止めた。

 猫峰の顔が超至近距離にある。

 その目にはうっすらと涙を浮かべていた。


「断られたらどうしようって思ってたから、めっちゃ嬉しい!」

「猫峰に告白されて断れる男なんていないだろ」

「とか言って、私が虎谷君のこと好きって信じてなかったじゃん!」

「それは……しょうがないだろ。ろくに話したこともないのにいきなり好きなんて言われたら誰だって疑うって」

 

 ラブコメの罰ゲーム告白とかはそんな感じだしな。

 ラブコメ好きの俺からしたら疑わない方が無理な話だ。

 

「ま、いいけど。これから私がどれだけ虎谷君のことを好きなのか思い知らせてあげるから♡」

「思い知らされるのか」

「うん♡ 思い知らせちゃう♡ てことで、これからデートしない?」

「これから? 悪いけど、これからはちょっと無理だ。俺、これからバイトだから」


 さすがの行動力だな。

 いきなりデートしようって言ってくるなんて。

 

「バイトしてるんだ? どこで?」

「海の香りっていう飲食店」

「知らないや。行ってもいい?」

「無理だな。うちのお店、夜は完全予約制だからな。二日前には予約しないと」

「そっか。じゃあ、今日は諦めるしかないね」

「ごめんな」

「ううん。バイトならしょうがないよ。じゃあ、明日は?」

「明日はバイトないから大丈夫だと思う」

「じゃあ、明日デートしよ♡」

「分かった」


 バイトの話をして思い出したけど、今何時だ?  

 俺はスマホで現在時刻を確認した。

 現在時刻は十六時三十四分だった。


「やべ。そろそろ行かないと」

「バイトの時間?」

「うん」

「そっか。もうお別れか」


 猫峰は名残惜しそうな顔で俺のこと見つめてきた。

 

「ねぇ、お店まで一緒に行っちゃダメ?」

「いいけど、猫峰は自転車通学か?」

「ううん。徒歩」

「徒歩か。じゃあ、ちょっときついかもな」

「そんなに遠いの?」

「自転車で十分くらいかな。徒歩だと三十分はかかるな」

「徒歩で三十分か~。ちなみにバイトは何時からなの?」

「十七時」

「十七時……じゃあ、徒歩で行くのは無理そうだね」


 猫峰は自分のスマホで時間を確認して言った。


「そうだな」

「じゃあ、せめて校門まで一緒に帰っていい?」

「まぁ、それなら」

「やった! じゃあ、校門まで一緒に帰ろ!」



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