第4話

「まだ来てないか」

「もしかして待たせた?」


 俺の首に腕を回し、密着するように背中に抱きついて、耳元で囁くように言った人物は猫峰だった。

 背中に感じるこの柔らかな感触はおっ・・・・・・。

 いやいや、何この状況!?

 どういうこと!?

 なんで、ここに猫峰がいるんだ!?

 もしかして、そういうことなのか?

 とにかく、猫峰から離れないと!

 俺は猫峰の腕を無理やり引き離し少し距離を取った。


「あ〜ん。逃げられちゃた」


 猫峰はケラケラと腹を抱えて笑った。

 

「な、なんで猫峰がここにいるんだ!?」

「なんでって、そんなの決まってんじゃん。虎谷君にチョコレート渡すためだよ」

「てことは、あの手紙は・・・・・・」

「そう。私が虎谷君の下駄箱に入れた」

「なんで?」

「さっき言ったよ? 話聞いてた? 虎谷君にチョコレート渡すためだって」

「いやいや、訳が分からないだろ。あの学年のアイドルの猫峰が俺にチョコレートを渡すだって? なぜ?」

「好きだからだけど? それ以外になくない? あ、もちろん本命だからね? 義理チョコあげるために呼び出したりしないから」

「あげる相手間違ってないか? あ、分かった。俺に渡すふりをして、獅子丸に・・・・・・」

「あーもぅ、うるさいなぁー」


 猫峰は俺との距離を一気に詰めるてくると、そのまま俺にキスをした。

 

「これでもまだ分からない? 私の気持ち」


 本命チョコを渡すために呼び出されて、キスをされて、猫嶺の気持ちに気付かないほど俺は鈍感ではない。

 でも、信じれるわけない。


「猫峰は俺のことが好きなのか?」

「おっ、ちゃんと分かったみたいだね。私の気持ち」


 猫峰はニヤッと嬉しそうに笑った。


「いやいや、なんの冗談だ!? 猫峰が俺のことを好きなわけないだろ!? 分かった。これは罰ゲームだな!? どこかで友達が見てるんだろ!」


 辺りを見渡したが体育館裏には俺と猫峰しかいなかった。


「なんでそうなるわけ? 私が虎谷君のこと好きになるのがそんなにおかしい? 私が誰を好きになるかは私の勝手じゃん」

「そうだけど・・・・・・俺、猫峰と話したこと一回しかないんだが?」

「それがどうしたの?」

「いや、どうしたのって。俺を好きになる要素全くないだろ」

 

 入学した時から猫峰の噂はいろいろいと耳にしていたが、実際に話したことは一度もなかった。

 なぜなら去年も今年も俺と猫峰はクラスが違ったからだ。

 初めて猫峰と話したのは今年の文化祭。

 俺がクラスの出し物で当番をしている時だった。

 それ以外で話をしたことはない。

 廊下ですれ違っても、挨拶すらすることはなかった。

 それなのに猫峰が俺のことを好きになる要素がどこにあったというのだろうか。


「要素ね〜。虎谷君さ、あの日、私のこと助けてくれたじゃん。それで十分だったけどね。私が虎谷君のことを好きになる要素」


 真剣な顔でそう言われ、猫峰が俺のことを揶揄っているのでも、罰ゲームで告白してきているのでもないことが分かってしまった。

 もしも、これが演技なら話は別だが(その場合は女優にでもなった方いい)、本気で言っているのだとしたら俺は猫峰の気持ちに真剣に向き合わなければならないだろう。

 じゃないと猫峰に失礼だ。


「本当に俺のことが好きなのか?」

「さっきからそう言ってるけど? どうしたら信じてくれるの?」

「分かったよ。猫峰のこと信じるよ」

「急だね。信じてくれるんだ」

「猫峰が嘘言っているように見えないからな」

「もちろん嘘なんかついてないし、罰ゲームでもないから。てことで、はい」


 猫峰はカバンの中から綺麗にラッピングされた長方形の箱を取り出して渡してきた。


「フォンダショコラなんだけど食べれるよね?」

「食べれるな」

「よかった。手作りだから味にはあんまり期待しないでね。その代わりに愛情をたくさん入れといたから♡」

「手作りなのか。凄いな」

「今日のために頑張って練習したんだ」

「マジか」

「うん♡ 虎谷君のためにね♡」


 猫峰は男が喜ぶポイントを知っているみたいだ。

 あなたのために頑張って練習して作りましたなんて言われたら誰だって嬉しいだろうし、好きになってしまうに決まっている。

 それに加えてこの容姿だからな。

 遠くにいても目立つミディアムヘアの金髪、制服越しでも分かるほど大きな胸、国宝級に美しい顔面、モデル並みの美しいスタイル。

 ファンクラブができるのも納得だ。

 きっと猫峰を前にして惚れない男なんていないんだろうな。

 俺も猫峰に少し惚れそうになっていた。

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