内見に行こう!
みかんねこ
はじめての内見。
「ねーねー、おじさーん。明日、暇ぁ?」
リビングのソファにごろりと転がった少女が、スマホをいじりながら声を上げる。
歳の頃なら16、7歳だろうか?
凛とした顔立ちをしているが、今は気が抜けておりこの場所が彼女にとって居心地の良い場所であることが分かる。
ソファに広がった長い黒髪はよく手入れがされており、窓から差し込む昼下がりの光を受けて輝いており見る者によっては色気さえ感じるだろう。
「明日は仕事だ」
短く返事をして彼女へちらりと視線を向けた後、作業中のパソコンモニターに意識を戻す。
何でまたこいつは家主である俺よりくつろいでいやがるんだ……。
彼女とはひょんなことから知り合ったのだが、なんとなく流れで彼女の抱えていた問題を解決してしまい、懐かれてしまった。
俺としては大した事をやったつもりは無いのだが、彼女にとっては人生を揺るがす一大事であったらしい。
まぁ、子供が問題を抱えて困っていたら助けてやるのが大人と言うモノだろう。
少なくとも俺はそう思う。
だが、なんでまたこいつは問題解決後も俺の家に来るかね……?
いい歳したおっさんの家に、年頃の女の子が入り浸るのは非常に外聞が悪いのだが。
つい先日も近所のおばさんにヒソヒソ噂話されてたぞ、こんちくしょう。
でもまあ、だからと言って放り出すのも少し気が引けるのも間違いじゃないんだよなぁ。
特にあんなことがあったのなら、頼りになる人間の近くに居たくなる気持ちも分からなくはない。
悪さしないなら来ても構わんし、そのうち飽きるだろ。
「よかった、暇なんだね! じゃあ明日内見に行くから付き合ってよ!」
俺の返事を聞いて、彼女はむくりと起き上がり輝くような笑顔でろくでもない事を言いだした。
「仕事だっつってんだろ! 俺は今週中に図面あと7枚仕上げにゃあならんのだ! お前のお遊びに……って内見?」
予想もしなかった言葉にくるりと椅子を回転させ、彼女に向き直る。
「内見ってあれか、お前どっかに部屋借りるのか?」
「うん、さすがにあんなことあったから家に居づらくてね……お金はおとーさんが出してくれるらしいから」
彼女は眉を八の字にしながらへにゃりと笑う。
まぁ、確かにその方が良いのかもしれない。
お互い頭を冷やすためにもな……。
「おじさんがこの家に居候させてくれるならそれでもいいんだけど?」
そう言って「にやぁ……」といやらしい笑みを浮かべる。
冗談ではない。
「アホか! 遊びに来る分は構わんが、おっさんとの同居とか神が許しても世間が許さんわい!」
「神より世間の方が上なんだ……」
「神は直接攻撃してこないからな……」
逮捕とか。
炎上とか。
「確かに……」
彼女は深く頷いた後、スマホの画面を俺に向ける。
何やら不動産業者のサイトが表示されているようだ。
「とりあえず、明日内見予約したからついて来てよ! 私そういう経験ないからどういう所を見たらいいか分かんないの。お願い!」
そういってパンと手を合わせて俺を拝むような仕草を取る。
ううむ……事情を知っているだけに突き放すのは躊躇われるな……。
俺のお節介でこうなったわけだから付き合ってやるべきか?
いや、そこまで踏み込むのも……。
そもそも仕事が……。
うんうん悩んでいると、彼女はにっこり微笑んで言い放った。
「一緒に行ってくれないと、バラす」
ヒュッ。
息が止まる。
「……何を?」
恐る恐る訊ねる。
「何でしょうねェ?」
彼女がニヤニヤ追い詰める様な顔で嗤う。
ネズミをいたぶる猫の姿を幻視した。
「……はい、わかりました。お付き合いします……」
がっくりと項垂れる。
そうだ、元々俺に勝ち目は無かったのだ……。
「それで、どんな物件なんだ?」
仕事は明後日頑張ればなんとかなると判断し、コーヒーを淹れながら訊ねる。
「んーと、場所はちょっと辺鄙な所になるんだけど……」
そう言いながらスマホをすいすいと操作する。
「えーっと、あった。風呂、トイレ共用」
「結構厳しくないかそれ」
年頃の女の子には辛いのではないか?
「トイレはちょっとアレだけど、お風呂はおじさん家で入るつもりだし」
しれっと爆弾発言をする。
「はァ!? おま、ちょ……!」
慌てる俺を無視して彼女は続ける。
「ワンルーム」
「……まぁ、一人暮らしならありだな」
一戸建てに一人で住んでる俺が言うのもアレだが。
「敷金、保証金なし」
「最近はまぁそう言うところ多いらしいな」
「駐車場無し」
「お前要らんだろ」
「事故物件」
「おい」
家賃安いらしいが、それ大丈夫なのか?
「築1,500年」
「お前はどこの遺跡に住むつもりなんだ……?」
翌日の内見はとんでもない大冒険になったのは言うまでもない。
─────────────────────
一体何の話なんだこれは……?
内見に行こう! みかんねこ @kuromacmugimikan
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます