小さな小さな内覧会

りりぃこ

お菓子の家

 俺はしがない田舎の駄菓子屋の店主である。

 近くにスーパーがあるにもかかわらず、学校帰りの子供達やら、孫用のお菓子を大量購入するお客様で、そこそこ繁盛させてもらっている。


 今日も、ちらほらと小銭を握った小学生や、腹を空かせた中学生が訪れていた。


 ふと、客足が途絶えて、少し整理作業でもしようかと立ち上がった時だった。

 いつの間にか小学一年生くらいの少年が、お菓子の棚に顔をひょっこりのぞかせていたのに気付いた。


 いつの間にいたのだろうか。


 とりあえず俺は、彼が選び終わるまでレジを立たないことにした。


 少年はじっと棚を見つめている。

 チョコレート、ゼリー、ビスケット、カステラ。

 一つ一つ、丁寧にじっと見つめながら、何かをブツブツ呟いている。

 ずいぶんと真剣な様子だ。お小遣いと相談しているのだろうか。


 ふと、俺は、少年が何かを持っているのに気付いた。


「おい少年」

 俺が声をかけると、少年ビクっと体を震わせた。

「少年、悪いんだが、うちはお菓子屋だからね。店内にアリンコ持ち込まれるのはちょっと困るんだ」

 俺がそう言うと、少年は、持っていた虫籠を見つめ、そして丁寧に頭を下げた。

「ごめんなさい」

 礼儀のできた少年だ。俺は感心した。

「いや、まあ逃さなきゃ別にいいんだが。それにしてもずいぶんと考え込んでるね。お小遣い足りないとか?」

 俺の問いかけに、少年はブンブンと首を横に振った。

「違う。お家にちょうどいいのを探してるんだ」

「お家?」

「お菓子のお家」

 ほう、面白そうだ。

「どれ、おじさんも考えてやろう。ビスケットで壁とか?チョコレートで屋根とかか?」

「ビスケットは固くて掘れなそうだから無理だと思う」

「掘れなそう?」

 少年の答えに、俺はキョトンとした。少年は続けた。

「やっぱ観察しやすそうなのはゼリーだと思うんだけど、カステラもふわふわで土みたいで掘れやすそうじゃない?でも、ココアの色の土っぽさも捨てがたいって言うか」

 ちょっとまて少年。君はどんなお菓子の家を作ろうとしているんだ?

 俺がそう問おうとした時だった。


「君達はどんなのがいいかな?スケルトンのお家?ふわふわのお家?サラサラのお家?」

 そう言って、少年は持っていたアリの入った虫籠に、お菓子を順番に見せていく。

「僕のオススメはやっぱふわふわかなぁ。でもスケルトンも日当たり良好っていうか」


 ははーん、なるほど。少年は、アリにお菓子の家を作ってやろうとしたのか。


 少年が無邪気にアリに話しかけている間に、俺はバックヤードへ行って、賞味期限がかなり前に切れているゼリーを一つ持って来てやった。


「内覧会、やるか」

「ないらんかい?」

「大人は住む場所を決める時、その家の部屋を見学してから決めるんだ。それが内覧だ」

 俺はゼリーの蓋を開けながら言った。

「アリだってお菓子の住宅の内覧、したいだろう」

 俺の開けたブドウゼリーを、唖然としながら見つめていた少年だったが、俺がアリをゼリーの上に乗せるよう促すと、目を輝かせた。


 少年は、そっと紫色に輝くゼリーにアリを乗せる。

 思った以上に小さなアリは、賞味期限切れで少し水っぽくなっていたゼリーの上で、溺れかけた。

 俺と少年は慌ててアリをブドウの海から助け出した。


「危なかった。ゼリーは緩すぎてだめだな」

 俺が言うと、少年もアリを虫籠に戻しながら頷いた。

「内覧って、大事なんだね」

 いたいけな少年が内覧の大切さを教わったところで、俺はいちばん大事なことを言った。

「ところで、アリンコって結構生きるよな?三日くらいで死んだりしないよね」

「そりゃそうだよ」

「じゃあお菓子の家は無理だぞ。すぐにカビる」

「えっ!」

 少年はショックを受けた顔をして、そう言えばそうか、とがっくりとうなだれた。

 俺はちょっと笑って、少年の頭をぽんと叩いてやった。

「わかるよ、君のしたかったこと」



 結局、少年は何も買わずに帰っていった。

 アリを入れてしまった賞味期限切れのゼリーは、もう食べられないので捨てた。


 ゴミ箱にペチャリと捨てられたブドウゼリーの残骸を見て、かつて自分も少年とおなじ事を考え、緩すぎるゼリーでアリ達を水没させ、更にゼリーをカビらせて親にこっぴどく怒られた事を思い出していた。

 内覧なんかさせないで、あの少年にも失敗を経験させれば良かったかな、なんてちょっと偉そうな事を考えながら。



END



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