10「完了」

神社の奥に、扉があり、その扉を開けると、石で出来た階段があった。

階段を下りていくと、もう一つ扉があった。

人柱の部屋は、地下にあった。

地下は、とても冷えている。

城司は、扉を開けようと力を込めるが開かない。

久彦も協力したが、開かない。

開かないばかりか、拒否されている様だ。


「黒菜、俺だ。城司だ。兄貴だぞ。開けろ。」


城司は、声を掛けると、続けて久彦も声を出す。


「黒菜さん、久彦です。帰ってきました。」


由衣も声を出す。


「黒菜、由衣だよ。開けて。」


黒菜に言葉を届けながら、扉を三人で力を込めて開け様として居る。


「黒菜、お前、いい加減にしろ。お前、一人、犠牲になっても意味がないぞ。」

「そうだよ。黒菜さん、一人で背負う必要はない。俺達が居る。」

「そうよ。黒菜、二人で足りないなら、私も力を貸すわ。」


その時、少しだけ扉が動いたのを、体で分かった。


「「「だから、間に合ってくれ!」」」


その一言で、扉が開いた。


扉に入ると、石で出来た囲いと、囲いには木製の桶が置いてあった。

囲いに上から水が伝い溜まって、周りが濡れている。

この空間は、まるで自然の冷凍庫の様に、冷えている。

その奥に、透明のガラスが有り、中には巫女服姿の黒菜が居た。

黒菜は、ガラスの中に水が溜まっていて、足から氷漬けと成りつつあった。


城司の説明だと、この領域に流れている水は、人柱専用の水であり、巫女と認識すると、反応し、仮死状態にする液体へと変化する。

もう、黒菜は、肉体全てが水に浸され、仮死状態だ。

仮死状態になっている間に、凍らされ、水が全て凍った時に、人柱として完了する。

凍っている場所が足の膝当たりであり、その浸食は見るだけでも進んでいるのが分かる。


「黒菜。」


城司が、ガラスを叩くがヒビ一つ入らない。

久彦は足を使って蹴るが、無駄に終わる。

由衣は、桶を持って、叩いてみても、同じだ。


このガラスの容器は、何度叩いても蹴っても、頑丈でヒビも傷も入らない。

息が上がっていた。

この間にも、黒菜の身体は順番に凍ってきている。

今は、首あたりまでで、後は顔だけとなった。

もしも、声が聞こえるなら、今しかないのである。

しかし、この冷えた空間では、声を出すにもかすれて来た。

黒菜の名前を呼び続けようとしても、冷気が邪魔をする。


「どうしたら。」


久彦は、ふと自分の手にある箱が、少しだけ熱くなっているのを感じた。

箱は、指輪が入っている。

開けると、指輪が光っていた。


「それって、黒菜が加納君に貰った。」


久彦は、由衣に言われて再度、自分があげた指輪だと認識する。

あげた時の状況を思い出した。

そう、指輪には、黒菜の涙がかかっている。


「黒菜さん、久彦です。この指輪を届けに来ました。」


指輪と聞いて、黒菜の身体に変化があった。

そこは、左手の薬指。

集中して見ると、そこから赤く光り、ゆっくりと溶け始めているのが分かった。

久彦は、指輪の箱を黒菜の前に、ゆっくりと持っていく。

すると、急に溶ける様子が、早くなった。


ついに頭まで凍る。


もう駄目かと思った時、瞬間に黒菜の左手から、赤い光が放たれ、全てが水へと変化した。

今度は熱されて、ガラスが熱に耐えきれずに、割れた。

外からが無理なら、内からだ。


「黒菜。」


城司は、黒菜の名前を呼んだ。

見ると、近くに居た久彦が黒菜を抱き寄せていた。

水とガラスを被っていたが、その光景は、とても目が引きつけられた。


直ぐに動いたのは、由衣だった。


「黒菜。加納君。」


由衣は、黒菜と久彦に駆け寄ると、自分の上着を脱いで、黒菜に着せる。

水に濡れ、氷に覆われ、お湯に浸かり、ガラスに塗れている。

久彦は、黒菜を抱き上げ、由衣に足元を確認され、この部屋から出る。

出る時、城司は、一度振り返り部屋を見て、自分がやるべき事を悟った。




「黒菜さん。」




出た時、出向かえたのは、香子だった。

香子は、リストレットを黒菜に装着した。

これで、戸籍の抹消は回避された。

一先ず、安心をする。


由衣が、黒菜を救い出して安心したのか、床に座り込んでしまった。

疲れた顔をさせていた。

それはそうだろう。

大雨の中、自転車で境界線まで行き、連絡を城司に取ってから、雷の事を話したくても話せないまま、寒い人柱の部屋に行き、黒菜を救い出した。

身体が冷えたのも影響して、身体が休みたがっていた。


その様子を見た城司は、風呂場へ行き、バスタオルを持って来て、由衣の身体にかけた。

由衣は、バスタオルがとてもフワフワしていて、暖かい感触があった。

黒菜の香りがした。

それはそうだろう。

この二年間、この神社にあるものは、黒菜が全て管理していた。


雷が出来てからは、加納夫妻と星沢夫妻が、手伝いに来ていたし、由衣も手伝っていた。

子供を一人、一人で育てるには、大変である。

今は、加納夫妻が黒菜の親であるが、加納家が地域に引っ越して来る前は、星沢夫妻が親代わりをしていたのだ。

黒菜は、新旧の夫妻に護られていた。

加納夫妻と星沢夫妻が、顔を合わせたのは、黒菜が雷を産んだ日である。

雷は、十月十五日産まれだ。


病院での出来事である。

既に来ていた加納夫妻は、雷が産まれた事を知り病院へ訪れた星沢夫妻と出会った。

軽く挨拶をすると、産まれたての雷を見て、安心する。

星沢夫妻は、黒菜の身体を心配すると、全ての状況を加納夫妻は報告した。

色々と話をしていると、黒菜の事をお互いに大切に思って居る事が分かり、知っている仏神家の情報を交換する様に、黒菜と雷が退院してからも話をしてきた。

とても仲良くなり、お互いの家へと行ったり、外食したり、仏神神社の手伝い等してきた。


黒菜は、高校卒業式まで、休学届を出していたが、特例として、パソコンを通じて、授業を受ければ、出席扱いとした。

ただ、黒菜は、高校三年生までの勉強内容を理解している。

妊娠中で、落ち着いている時に、草川先生がテストをしている。

点数は、とても良く全てが九十五点以上だった。

だから、黒菜は無事、高校を卒業出来たのである。


それには、加納夫妻と星沢夫妻、そして、由衣の協力があってこそだった。

その由衣を見て、城司は微笑む。


「休んでください。黒菜をありがとう。」

「黒菜の傍に居てくれて、本当にありがとうございます。」


城司と久彦が、由衣に言葉をかけて、立ち上がり、仏神神社を出て行った。

由衣は、二人の後ろ姿を見ていると、隣に雷が来て、由衣の指を小さな手で握った。


「だじょうぶ?」

「ええ、大丈夫よ。雷君。」

「ありがと。ゆいねちゃ。」


その時、由衣は、泣きそうになった。

堪えきれない涙が、頬を伝いそうになると、その瞬間、香子と清子が由衣を、冷え切った身体を温める様に抱きしめた。


そして、頭を何度も何度も撫ぜられて、ついに、崩壊した。


大きな声で泣いた。


仏神神社には、とても大きな声が響いていたが、まだ、外が大雨であった為、声は外には漏れなかった。





一方、城司と久彦は、二ルートを使い、城へと向かっていた。

その時には、何故か、パートナーではなく、城司と久彦はリストレットで繋がっていた。

繋がったまま、城へと走って上るにはきつかった。

まだ、足なら、二人三脚っぽくて、息を合わせられるだろう。

しかし、早く走るには、手を振らないといけない。

とても邪魔であるが、城司と久彦は、それでも息が合っていた。

伊達に、二年間、一緒に生活していない。


城へ行くと、自分が地面から浮き出て来た場所に来た。

片膝を折り、手を地面へと向ける。


「城司?」

「この下に、空間がある。それも棺の大きさだ。肉体は無くても、意識がある。その意識が暴走をしている。」

「暴走した意識の目的は、きっと。」

「そうだ。引き離された男性を探している。」


地面を通して、男性を探している。

植物が根っこを生やして、地面を探り、養分を得る様に、男性を地面のあらゆる植物の根っこを通して探していた。

雨を降らせたのは、土を柔らかくして、探りやすくする為でもあるが、今まで会えない気持ちが悲しみとなって、まるで、泣いている様だ。


「俺達がやる事は。」

「そうだな。」


城司は、棺が納められているであろう地面に声を掛けた。


「人柱の巫女よ。俺は、貴方の生まれ変わりである仏神城司だ。そして、横には貴方が探している男性の生まれ変わりの加納久彦だ。もう、貴方は男性と会っています。」


その時、雷が鳴り、城司と久彦の顔がはっきりと、人柱の巫女に見せた。

城司は、何故か、両親の顔が脳裏に浮かんだ。


瞬間、二人の目の前には、一人の少女が姿を現せた。

すると、一人の少女は、リストレットをしている二人の手を両手で取り、頬をすりよせると、微笑み、城の下へと姿を消した。

まるで、自分の役割を思い出した様に、居るべき場所へ帰って行ったという表現が正しい。


その瞬間、雨雲は消し去り、川の増水は収まり、以前と同じ水量となった。

ほぼ一週間ぶりに出した太陽が、雨水で濡れた地域を優しく乾かしていく。


その姿を城から見ている城司と久彦は、リストレットをしている手をお互いに握り締めていた。


「人柱の巫女、黒菜さんに似ていた。」

「ああ。」


その一言だけ発すると、顔を合わせた。

何かをやり遂げた男の顔だ。


「城司。」

「久彦。」


お互いに名前を呼んで、城を下りて行く。

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