9「人柱」

「さて、ここからどうしよう。」

「徒歩だと、時間がかかるよね。」


由衣が乗ってきた自転車もあるのだが、この大雨でここまで来た自転車は、どこかでバンクしていたから、使えない。


その時である。

城司は、大きな声で地域に向かって怒鳴った。



「我は、人柱の巫女である。その権限により、我を仏神神社まで運べ。」



すると、どこからガタンゴトンと聞こえる音がした。

国道から、横を見ると、そこにはレールバスが来て、止まった。

中からは、運転手が顔を出す。


「城司様、久彦様、お待たせしました。」

「運転手さん。何故?」

「何故かレールバスを走らせなきゃって思って。多分、人柱の巫女である城司様が、願われたからだと思います。」

「なるほど、人柱の巫女は、とても大きな権限を持っているらしい。」


こんな奇跡を起こす位の権限である。

本当は、こんな大雨で私的な理由で、レールバスは動かないが、人柱の巫女の願い事は、あり得ない事も動かしている。


城司と久彦は、レールバスに、由衣も連れて乗る。

由衣は、手を二人から差し出された時躊躇したが、この場所は、高速道路、国道、レールバスの三線が交差する場所。

三人が居なければ、黒菜は救う事が出来ないと、城司と久彦は無意識に考え、由衣を説得した。


レールバスは、仏神神社に近い駅に止まった。


「レールバスは、ここまでです。早く、黒菜さんをお救いください。」

「ここまで運んで下さり、ありがとうございます。」


城司は、お礼を言った。

降りた駅のホームから、階段を上り、下り、駅の出入り口へと向かった。

出入り口には、駅の管理者が居て、城司、久彦、由衣に、レンタルしている自転車を用意していた。


「手続きは必要ありません。早く、仏神神社へ。黒菜様を助けてください。」


管理者にお礼を言い、大雨の中、道路が水に溢れている道を、自転車で駆け抜けていく。

すると、町にある店や家の中から、窓を開けて、応援する声が聞こえてきた。

その声が背中を押してくれる。

三人は、急いで、自転車を漕いだ。



仏神神社に着いた。



自転車を、少し乱暴に止めて、神社に入って行くと、加納夫妻と星沢夫妻が居て、三人に駆け寄った。


「お帰り、城司さん、久彦さん、そして、由衣さん。」


加納夫妻と星沢夫妻は、三人を出迎えた。


「母さん。父さん。話をしている時間はありません。黒菜さんの所に行かなくては。」


久彦が城司と顔を合わせて合図すると、在現と星沢由衣の父、右京(うきょう)が三人を止めた。


「黒菜さんの所へと行くには、この情報を聞いてからにして欲しい。」


この情報と言われ、右京は抱っこしていた子供を見せる。

見た目、やっと歩き始めて、段差を上がれる頃になった位の子供だ。


「この子は?」


久彦が言うと、子供は由衣を見て、微笑んだ。


「ゆい、ねちゃ。かえり。」


由衣を知っている。

由衣は、子供に頬笑むだけで、何も言えなかった。

在現も過去も右京も、星沢由衣の母、清子(きよこ)も久彦を見つめている。


久彦は、視線を向けられて、まさかと思った。


「そう、久彦君と黒菜さんの子供です。」


驚きを隠せない、城司と久彦。

香子は、経路を話す。


「久彦さんが高校三年の冬休みに、この仏神神社に泊まった事がありましたね。」

「はい。」

「その時に、黒菜さんは、久彦さんが寝ている部屋を訪れませんでしたか?」

「はい、来ました。」

「その時に出来たそうです。」

「その時しか、覚えがありません。」


久彦の心境は、まるで拷問にかけられている様な感覚だった。

もう、全部話して楽になりたい。

だけど、質問に答えるのが精一杯だ。

なんせ、後ろには、黒菜の兄が居て、親友が居る。

前には、自分の両親と、親友の両親が居る。

そして、右京の腕には、その証拠が居るのである。


「子供の事を、久彦さんにお伝えしようかと思いました。しかし、電話でお話し様としても、言葉が出てこなかったのです。何度話そうとしましたが、言おうとする度に、口が乾いて出来なかった。まるで、禁句の様に。」

「その様にしたのは、黒菜さんの巫女としての力が働いているからだった。黒菜さんは、子供が出来たのを久彦さんと、兄である城司さんには話さないで欲しいとお願いしてきました。次に帰ってきた時のサプライズにしたいと。だから、黒菜さんの意思を尊重しました。子供が生まれてきた時に、黒菜さんの様子が違いました。安心しきった様な顔をしていました。」

「その時、子供を無事に産めた事の顔だと思いました。けど、それは、この災害が来た時に分かりました。」

「この子供が仏神神社を引き継いでくれるから、自分は何時居なくなっても大丈夫と。」


加納夫妻と星沢夫妻の言葉を聞いて、久彦は泊まった時の様子を思い出す。

黒菜が、どうしても泊まって欲しくて、色々と用意し、逃げ道が無い様にしていたが、今思えば、あの日、焦っていた様子があった。


それが、今、現在、この地域に起こっている事である。


「黒菜は、人柱になるのを、覚悟していたのか。」


城司は前世の記憶にある人柱の巫女が抱いた気持ちと、黒菜が今、抱いている気持ちと一緒の気をしているのを感じた。


「私も、何度も黒菜の兄である城司君には、連絡しようとしました。でも、スマートフォンに登録されている城司君の番号を表示させても、手が操作を拒んでいて、押す事が出来なかったの。黒菜の思いが働いていて、出来なかった。」


由衣が話すと、清子も同じ様に連絡をしようと、スマートフォンで城司の名前を表示させたが、押す事が出来なかった。

子供の事以外の内容なら、連絡は出来たが、子供の件は話せなかった。

だから、境界線で出会っても、由衣は城司と久彦に子供の話が出来なかった。


子供は右京から降りて、城司と久彦を見ると、久彦に向かってゆっくり歩いて近寄る。

久彦は子供をしゃがんで、抱き上げる。


「お名前は?」


聞くと。


「らい。」


と答えた。その後、続けて。


「ぱぱ。」


と言った。

その言葉で、久彦は心に澄んだ風が通った気分になった。

子供に久彦は聞いてみた。


「どうして、俺がパパだと?」

「ぱぱ。わかる。」

「こっちの男の人は?」


久彦は、城司に手の平を向けた。

子供は、城司を見る。


「おにちゃ。」

「黒菜さんは、久彦君の写真も、城司君の写真も、雷君には見せませんでした。雷君にも、サプライズをしたいと言っていましたから。」


清子は、一言付け加えた。

雷と聞いて、城司は目を見開いていた。


「雷か。黒菜が付けそうな名前だな。」

「城司?」

「家の父の名前、迅雷(じんらい)で、母の名前、未来(みらい)なんだ。」

「なるほど、迅「らい」と未「らい」か。黒菜さんらし……雷?かみなり。城司!」


城司は、思い出している。

二月三日の節分、両親はご神木に雷が落ちて亡くなった。

しかも、その日は、黒菜の誕生日。


「まさか。その時から、この地域に危機が起き始めていた。」

「それを、黒菜さんは、こうなる事を察知していた。」

「黒菜だ。あり得る。」

「だから、俺のプロポーズも受け取ってくれて、俺を求めた。全ては、子供を作り、自分が人柱になる為に。」


その通りだ。


黒菜は、両親が亡くなった時に、自分が人柱になる事がこの地域を護る事になると悟り、覚悟を決めていた。

だからこそ、長い年月、誰にも気付かれる事無く、計画を立てた。

久彦を、この地域に呼ぶにはどうしたら良いかを考えていた時、その考えが在現と香子が、加納の遺伝子により呼ばれた。


全ては、この地域を守る為に黒菜が人柱となる筋書きだ。


「それと、久彦さん。」


久彦は、香子が持っているリストレットを見た。

その瞬間、時間がないのを悟った。


「リストレットが、まだ、私達の手にある間に黒菜さんを救い出してください。」

「理由は、言わなくても分かるな。」


在現が、久彦に確認を取ると、久彦の顔が変わり、危機を感じていた。

久彦は、両親と同じ職に就こうとしているから分かる。


リストレットは、家の中では着けている必要が無いが、主が装着しなくなり一週間経つと、亡くなったと認識する。

亡くなれば、リストレットに登録されている情報が、全て消える。

情報が全て消えると言う事は、戸籍が無くなる事だ。

戸籍が無い人間は、何を言っても命を消される事になる。


それも、ペアバディ部署の仕事で、久彦も研修で実際に、その現場を見た事があったから、自分の愛する黒菜が、他人の手によって消される姿が頭を過ぎった。

久彦は、今、想像した光景を振り払う様に、首を振った。


そもそも、この設定は、引きこもり対策の為だった。

しかし、この対策を利用して、消して貰える様にする人も居たが、大抵、一週間あれば、考えも変わったりするし、お腹も空くし、外に出たい欲求も出て来る。

玄関を一歩出るだけのでも、リストレットは着けなくてはいけないから、相当の覚悟と、頑丈な精神力がないと出来なかった。


黒菜は、その頑丈な精神力があり、任務を全うする為に、人柱の部屋へと入っている。


「もう、黒菜さんが、人柱の部屋に入って、五日目です。」


香子が、黒菜のリストレットを大事に両手で包む。


「それと、久彦さん、これを持っていて行く様に。」


在現が、久彦に渡したのは、あの時、黒菜にあげた指輪のケースだった。


「帰ってきたら、着けてやる約束だろ?」


久彦は、指輪のケースを受け取り、中身がある事を確認した。

雷を、在現に預け、城司に体を向ける。


「城司、人柱の部屋に案内しろ。」

「ああ、それと、星沢さんも一緒に。」


由衣は遠慮したが、城司は由衣が必要だと言って、また、由衣を導いた。

星沢夫妻も、由衣の背中を押す。


「城司君、由衣を頼みます。」

「由衣、黒菜さんを助けてあげて、黒菜さんの事を傍で支えてきたのは、由衣だと思うわ。」


由衣は、黒菜と過ごした日々を思い出していた。

凄く、大切で尊い日々だ。

思い出すのは、黒菜の笑顔ばかりである。


由衣は、城司に手を伸ばすと、城司は由衣の手を確り握り、久彦を人柱の部屋へ案内した。

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