8「大雨」

城司と久彦が、卒業式を迎えた日の午後。



加納夫妻が車で、仏神神社前に来ていた。

加納夫妻は、仏神神社に入ってきて、城司を迎えに来たのである。


「兄の送迎、よろしくお願いします。お義父さん、お義母さん。」

「こちらこそ、久彦さんの思いを受け取ってくれてありがとう。黒菜さん。」

「お義父さん、もう、私は貴方の娘です。呼び捨てで構いませんよ。」

「いや、これは、職業病の一種だから、気にしないでください。」


すると、義母、香子が追加する。


「これは、規則なのよ。職場以外でも、常に人を呼ぶ時は、さん付け。」

「規則なら、仕方ありませんね。」


さん付けを家族であろうとしなければならないのは、人と関わる仕事だから、言葉遣いに気をつける為である。

登録に来た人を全て平等に見るには、言葉遣いからである。

それが親しい人であっても、言葉遣いは砕けてはいけない。

だから、日常会話でもさん付けを強要されている。

このおかげで、他の言葉でも綺麗に使える様に、自然となっていった。


「城司さん。貴方にとっても、私達は親です。星沢さんもいらっしゃいますが、もしも、困った事がありましたら、頼ってくださいね。」

「ありがとうございます。」


城司は、とてもありがたいと思っていた。


「では、俺達がいない間、黒菜の事、よろしくお願いします。」

「ええ、任せてください。」


城司は、黒菜の事が心配だったが、今では在現と香子は、黒菜は両親だ。

両親が居れば、安心だ。

黒菜は、城司と久彦の顔を見て、頬笑んだ。


「気を付けてね。兄貴。」

「ああ。黒菜こそ、気を付けて。」

「久彦。帰ってきたら、指輪を付けてよ。待っている。」

「そうだね。城司の仕事次第だけど、時々帰るよ。」


仏神神社から、出発し、黒菜は、ただ見送っていた。

その顔は、これから起こる事が分かっており、決意している顔立ちをし、自分のお腹を少しだけ擦った。






時に豪雨が迫ってきていた。





城司と久彦が、西の拠点に来て、二年が経っていた。

城司の仕事と久彦の仕事が忙しく、休暇が取れなかった。

一般的な連休は、城司の仕事があり、平日は久彦の仕事が忙しかった。

どちらか一方が帰れば良かったが、この二人にとっては一緒に居る事だけが、黒菜の住んでいる地域が平和になる要素だった。

どちらかが一人、帰ればいいって問題でもない。

それに、城司が帰れば、また、境界線を抜けるのには、久彦が手を繋いでいないと地域から出られない。

久彦が帰れば、城司を一人残す事が黒菜の心配に繋がる。

二人とも、タイミングが合わなくて、帰れなかった。


この二人のシステムは、ペアバディシステムよりも難解で複雑である。


「結構、降っているな。城司。」


借りているアパートから、外を見ている久彦。

城司は、久彦の隣に来て、一緒に外を見ている。


「この雨、何か怖いな。」


その言葉を聞いた久彦も、何か、心の中が混ざり合い、黒くなりつつあるのを感じた。


城司は、自分のリストレットを見る。

久彦も同じ様に見る。


すると、自分達のスマートフォンが鳴った。

一応、自分の住んでいた地域のアプリを入れていたから、その情報が来た。

情報を見ると、テレビのニュースを付けた。


映ってきたのは、仏神神社だった。

仏神神社の前には、川がある。

この川は、毎年、釣り人が来て魚を釣ったり、夏休みになると泳ぐ人もいる位、綺麗な川だ。

この地域は、水が綺麗なのも有名で、町の水路にも綺麗な水が流れ、野菜や果物を冷やしたり、洗ったり出来る位だ。

その川は、大きくはないが、小さくもない。

流れていく先は、大きな川にぶつかり、最終的な目的地は海であった。


普段は穏やかだが、今、映し出されている映像は、道路まで増水していた。

仏神神社の境内にも、今か今かと這い上がってきそうである。


「な…んだ。これ。」


城司が、信じられない顔と声質をした。


「こんなの見た事ない。まるで、災害じゃないか。」


自分の住んでいる地域が、危険に晒されている事を知った城司は、少しだけ体をふら付かせた。

それを支える久彦。


城司のスマートフォンが鳴った。

仕事場からである。


「城司、君の地域が危ないよ。」

「はい。ニュースで見ています。」

「もう、この研究は、資料をまとめるだけ。城司、二年間、拘束してすまなかった。今から、休暇を与えるから、行きなさい。」


その会話を聞いていた久彦は、まず、黒菜に電話を掛けた。


繋がらない。


両親に電話を掛けた。


繋がらない。


高校にも、市役所にも、電話を掛けたが、繋がらなかった。


スマートフォンの電波が通じないのか。


そもそも、スマートフォンの電波が、クリアに繋がる事が出来ているのは、ドローンが電波の中継も担っていたからだ。


この大雨では、ドローンは使えなかった。

しかし、ドローンは、大雨でも耐えられる様に作られている。

それは久彦が、ペアバディ部署への試験を受ける為に、勉強していた時に書いてあった事だ。

だが、こんな事態は、初めてだ。


ニュースになっているが、その映像は、生放送ではなくて、録画された物だと、知って、今現在は、これよりも酷い被害に襲われていると考えられる。


「久彦。」

「うん。城司。」


城司と久彦は、リストレットを繋げると、アパートを出た。

アパートの玄関を出ると、そこには、丁度、チャイムを押そうとしている城司の仕事場に居る人だった。


「城司、居てくれて良かったよ。ヘリを用意したから、直ぐに行くと良い。」

「ヘリ?」


この研究チームの一人は、自家用ヘリコプターを持っている位の資産家だ。

お金の使い道に、世界各国の民謡や伝説を研究する費用に使っている。


「城司の地域が危ないんだろ?俺も、城司の地域、研究する位好きだから、助けたい。」


その言葉を聞くと、鍵を閉めて、アパートの屋上にあるヘリコプターに乗った。

ヘリコプターに乗ると、城司のスマートフォンに知らない電話番号が表示された。

出ると、聞こえてきた声は、震えている声だった。


「助けて。黒菜が。」


その一言で、誰か分かった。


「星沢由衣さん。」


城司は、スマートフォンをスピーカーに切り替え、久彦にも聞かせる。

星沢の声は、とても急いでいて、震えが止まらなかった。


「手短に話をします。今、電波が届く所に来ていますわ。この地域から出ると、電波が通じる様になったの。場所は、高速道路と国道と、レールバスが交差する所よ。ニュース、ご覧になっていると想像していますが、この異常な大雨は、頑丈なドローンすら流すほどなのです。最初に違和感があったのは、ドローンの一体が道路に落ちた時で、警察やドローン技術師が調べても原因が分からなかったの。それから、次々にドローンが落ちてきた瞬間、それが大雨へと変わり、どんどんと川を埋め尽くし、道路まで浸水をしてしまったのよ。この事を最初に感じたのは、黒菜。黒菜は、この地域に人柱が居ない事を、とても気にしていたの。で、今の状態は、人柱が居ないから、発生した呪いの様な現象だと辿り着いて、黒菜、自分が人柱になるって言って、神社にこもってしまったの。」


由衣の説明で、城司と久彦は、現状が分かった。


「今、そちらへ向かっているんだ。星沢さん、このまま電話繋げてくれますか?」


城司は、由衣に指示をする。

由衣は、その通りにするが、続けて話す。


「あの時、止めておけば良かった。貴方達が、この地域を離れる事を決意した日。本当は、私は、貴方達に遠くへ行って欲しく無かった。けど、言え無かった。私は、貴方達の事、嫌いだったから。黒菜を取られた気分になった。そればかりか、黒菜に加納君はプロボーズをし、加納君が十八歳になったら、直ぐに婚約届を出して、加納君は仏神家に入った。今までは、私が黒菜を支えて、ずっと、一緒に居られると思っていた。けど、違ったの。黒菜は黒菜で幸せになる権利があるし、私は女で同性だから結婚は出来ないし、親友としてしか、一緒に居られない。そういう気持ちを持った私が、いくら貴方達に言おうとしても……、いや、言う権利はなかった。だから、……ごめんなさい。」


すると、久彦は。


「でも、こうやって、大雨の中、その地点に来て、連絡してくれた。黒菜さんの事も教えてくれた。」


続けて、城司は。


「星沢さんが居なければ、状況を知る事が出来無かった。謝る必要は無い。」


由衣は、泣いた。

鳴き声のまま、もう一度、情報を伝える。


「黒菜は、今、人柱になる為の準備をしています。明日には、人柱としての儀式が完了してしまいます。完了すると、もう、助け出せません。」

「分かっている。それは、身に染みてね。」


城司は、前世の記憶が蘇って来た。

そう、自分は自分が育った地域を守りたかった。

愛する人と別れても、守りたかった。

思いが、リストレットを通じて、久彦にも伝わり、今度は久彦が前世を思い出した。

仏神神社に忍び込んだ時の感覚が、体と心に目覚める。


由衣は、二人と話をしていると、空に光が差したと思った。

見ると、ヘリコプターだった。

空をホバリングするヘリコプターから、梯子を下して出てきたのは、城司と久彦だ。

ヘリコプターは、この地域に入れない壁がある様に進めなかった。

城司は、ヘリコプターを操縦している仕事場の人にお礼を言い、見送った。


由衣は、城司と久彦を見て、瞬間的に涙と雨に濡れた顔を、袖で拭いた。

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