7「進路」

忙しかった冬休みは過ぎた。

城司は宿題が大変で、十二月中に終わっていた久彦に手伝って貰っていた。

その時から、久彦は城司に対して、疑問があった。


三学期が始まった。

三学期が始まると、テストがあった。

テストが却って来ると、城司は暗い表情をしていた。

久彦が、城司のテストを見ると、顔を崩した。


「城司、お前。」

「何も言わないでくれ。」

「だってな。ひどいぞ。よく、高校入れたな。」


城司と久彦が話をしていると、草川先生が城司を呼んだ。

城司は、生徒指導室へと案内される。



一方、久彦は黒菜の所に来ていた。

黒菜は、何の話かは、分かっていた。

自分もテストがあったからだ。


「久彦君、訊きたい事は分かるわ。兄貴が高校に入れた理由ですね。」

「本当に黒菜さんは、先の事を見ているね。」


黒菜と久彦が、黒菜のクラスを出て、廊下で話をしている。

由衣は、もちろん、どんな時でも対応出来る様に、少しだけ遠くで見守っていた。


「兄貴は、この地域を今まで出られなかったじゃない?」

「ああ。」

「だからといって、高校は出て置きたかったのよ。」

「あー、そういう。」

「そう、先生達が会議を行い、そのまま特例で高校へと入学を許可したの。仕方ないじゃない?この地域から出られない以上、高校はこの八岐高校しかないのだから。」

「だからといっても、あの点数は。」

「そうなんだよね。私が、中学三年の時、進路相談しに行った時にも、兄貴、自分が特例だから、助言出来なかったのよ。」

「今、城司、草川先生に連れていかれたけど、そういう意味なんだね。」

「この地域を離れられる事になったからね。色々な道が開けているから、この地域の観光に力を入れなくても、良くなったのよね。」


久彦は、観光案内をしている城司を見ていたから分かるが、仕方なしにやっている訳ではなく、本心から好きでやっていると思っていた。

その顔を見て、久彦はこの地域が好きになって、今では町の中を迷わずに行ける様になったし、近道も覚えた。

あれから、お城にも三ルートを使って上り、中も見学している。

この地域にある踊りも、夏休みに体験をしたが、とても種類があって楽しかった。

一緒にいた城司の踊りは完璧で、皆の手本になっていた。

踊りの曲も、何も見ずに歌えて、その声も身体に響く位、綺麗だった。


とても、この地域を大切に思っているのは、分かった。


そんな話をしていると、城司が黒菜の所に来た。

黒菜の所に、久彦も居るのを確認すると、「丁度良かった。」といい、今、草川先生としてきた内容を話した。

その話は、城司にとって良い話だった。


「海外に、この地方を研究しているチームがあって、今度、日本に拠点を作るらしい。で、そのチームに加わらないかと言う話だった。」


意外な話で、流石の黒菜も驚いている。

城司は、久彦を見て続きを話す。


「そのチームに参加しようと思うが、草川先生が言うには、俺をサポートしてくれる人が欲しいとなり、久彦、お前が一緒だと良いと言っていた。」

「は?」

「俺は、この地域を離れた事がなく、外の世界へ一人行かせるのは、先生としても、子を持つ親としても、不安らしい。」


久彦は、覚えがあった。


あの、サイクリングの事である。

少し、自転車で近くに行くだけなのに、あの荷物の量。

それに、先程見た、テストの点数も不安要素がいっぱいである。


「明日、久彦、草川先生に呼ばれると思うけど、きっと、この事だと思うから、考えまとめておいて欲しい。別に、俺は、あの境界線を超える為に久彦が必要で、超えてしまえば一人でもなんとか出来るから、久彦は気にするなよ。」

「気にするなよって言っても。」


その時、ふと黒菜を見ると、いつもの表情をしているが、不安と何かを考えている顔に見えた。




今日の授業は終わり、家に帰る久彦。




「ただいま。」

「お帰り。」


母が仕事から帰って来ていた。

母、香子(かこ)は、父、在現(ざいげん)と一緒に、市役所勤務で、ペアバディ部署が仕事場だ。

この地域に引っ越す前も、ペアバディ部署で働いていたから、地域が変わったとて、同じシステムでやる事も同じであるから、迷いはなかった。

今日は、香子が早く帰ってきていたのは、草川先生から連絡を受けたからだ。

香子は、お茶を淹れて、久彦と話をする体制に入った。


「草川先生から話がありました。城司さんの事です。」

「その話は、城司から訊きました。迷っています。」


すると、香子は、久彦の手を取り、一言。


「久彦さんは、黒菜さん、城司さん、どっちが気になっているの?」

「は?」


健全な男子高校生としては、黒菜と即答したかったのだが、何故かためらった。

迷う必要はないというのに、どうしても、黒菜と言えない。


「もう、決まっているんじゃない?久彦さん。」

「母さん。」


香子は、久彦の手をギュと握った。


「私達は、この地域の事も、仏神神社の事も、城司さんや黒菜さんの事、久彦さんから聞いて全部知っているわ。だから、もし、何かが不安でいるなら、私達に任せる事も選択肢として考えて。私達は、久彦さんが選択した道なら、応援するわ。」

「ありがとう、母さん。」


久彦は、お茶を飲んで、自分の部屋へと入った。


財布の中身を見て、買うのには十分あった。

といっても、男子高校生が買うには、高価で安物になってしまうが、それでも形としては問題ない。


また、久彦は、外へと買い物に出かけた。

自転車に乗り、町中へと出向く。

町中を案内されている時、貴金属店があるのを知った。

そこで買い物を済ませると、家へと帰って、色々と準備をした。




次の日、放課後、草川先生に呼ばれた。


その時、城司と黒菜に付いてきて貰った。

三人が一緒に職員室に来た為、先生方は少し意識を向けた。


「どうした?仏神兄妹と一緒とは。」


草川先生が聞いた。


「この話は、城司も関係ありますでしょ?」

「あーそうだね。」


その様に言い、生徒指導室へと入って行った。

草川先生は、昨日、城司にも話した内容を再度確認して、久彦に問う。


すると、久彦はポケットの中から、四角い箱を取り出した。

黒菜の目の前に出し、受け取らせる。

黒菜は中身を確認すると、指輪があった。


「この地域の為には、こうするしか思いつかなかった。黒菜さん、俺と結婚して下さい。」


その言葉を聞いていた城司、草川先生、先生方、職員室に来ていた生徒は、驚いていた。

もちろん、本人である黒菜も驚いて、思わず、口が開く位だ。


「俺と黒菜さんが結婚すれば、子孫を残せるし、繋がりも出来る。結婚した後、俺は城司について行って、サポートをするし、向こうで仕事を探す。今の世界では、既婚者限定の仕事がいっぱいある。親の伝手で、市役所勤務してもいいし、ちゃんと資格を取って、ペアバディ部署で働いても良い。」


周りが、自分の意見を聞いていると確認すると、続ける。


「それに城司を一人で外へ行かせるのは、俺も不安だけど、一番不安に思っているのは、黒菜さんだ。だから、黒菜さんが不安にならない様に、俺がついて行く。黒菜さんと結婚すれば、城司は俺の義兄さんだ。家族が心配で付いて行くのは、当たり前だ。それに、俺と城司が一緒にいれば、この地域は守られるし、黒菜さんとも繋がりがあれば、過去と現在は繋げる事が出来る。だから…。」


久彦は、黒菜を見た。

黒菜の目には、いっぱい涙が浮かんでいた。

本気で、久彦は、この地域の事、兄の城司の事、考えてくれたと思った。

両手の中にある四角い箱で、輝きを放っている指輪が、頬を伝った涙でキラキラと輝いている。


「後悔は……ないの?」

「仏と神に誓って。」


黒菜には、その一言で十分だった。

考えるまでもなく、黒菜は指輪を受け取った。


「ここは、学校だから、はめられないし、この指輪を指に通すには、私が高校を卒業してからで良ければ、今、指輪、このまま受け取っても良い?」

「ああ、受け取ってくれるだけで良い。黒菜さんのタイミングで良いよ。」

「ありがとう。」

「こちらこそ、ありがとう。」


すると、周りは拍手をして、祝った。

しかし、一人だけ、不安を抱えていた。



この事は地域に伝えられ、加納夫妻も喜んでいた。

まさか、他所者が地域に認められるとは思わなかったからだ。

だが、辿れば、別に他所者ではない。



一年経った。



この一年は、とても忙しかった。

城司は、この地域を出る為に、まずは日本拠点の事を調べ始めた。

場所は、西にある地域で、城司が行きたがっていた有名な遊園地がある場所の近くだった。

仕事の合間に、城司は久彦と一緒に行きたいといい、久彦も了解した。

取りたがっていた手話の検定にも、合格をした。

海外の人が仕事仲間になるのだから、英語が出来ないといけない。

しかし、英会話は出来るのである。

テストの英語が難しいのは、会話でないからだ。

単語は読めなくても、会話は出来る。

それには、観光案内で、英語圏の人と話をするから、自然と身についていた。

それを知った久彦は、納得した。


それは納得したのだが、久彦が黒菜に指輪を渡した生徒指導室での事である。

久彦は、祝福された後、城司に向き直した。


「それと、城司。義務教育までの勉強を、これから毎日、放課後、教えてやる。」

「は?」


城司は、いきなり振られた提案に驚いていた。


「お前な。あんな点数でこの地域を出るつもりか?それに、仏神神社の恥だと思わないか?黒菜さんが、同じだと思われたらどうするんだ?」

「う。」


黒菜を見ると、指輪の入ったケースを両手で覆いながら、城司と久彦のやり取りを、不安な顔して見ている。


「大丈夫だ。俺は、高校受験を二回受けたからな。義務教育の知識位は、バッチリだ。覚悟しろよ。」


久彦は引っ越す前に一度高校受験をしていて、引っ越した時に編入試験を受けている。



久彦は、引っ越す前の高校のレベルはトップクラスであり、首席で合格している位の頭脳で、運動もそれなりに出来ていた。

だから、高校側は久彦を転入させたくなく、一度、加納夫妻とは三者面談を行っている。

高校側から出された提案が、寮を用意し、食事や学校で必要な備品等、生活に必要な物は全て学校が持ち、学校を卒業しても費用の請求はしないだった。

いってしまえば、無料で高校へ通えるのである。

そんな高価な提案は、とても喉から手が出る程欲しいが、それらを加納夫妻は断り、田舎の八岐高校へと編入試験を受けさせたのである。


久彦としては、親離れをし、独り立ちする良い機会であったが、加納夫妻は、絶対に久彦を離さなかった、否、離してはいけないと思った。

遺伝子がそうさせるのか、夢がそうさせるのか、何か知らない力が働いていた。

加納夫妻の強い意志と、久彦が両親の様子が違う事を感じ、このままの両親だけを引っ越させても良いのかと心配になり、加納夫妻と久彦は引っ越しと編入を決意した。


高校側は、その決意が固い事を知り、転入手続きを許可したが、諦めていないのか、一言「いつでも戻って来てもいい。」と、加納夫妻と久彦に伝えた。




久彦は言葉通り、毎日、仏神神社に通って、城司の義務教育までの勉強を見た。

先生からは特別に、小学校と中学校で習うドリルとテスト用紙を取り寄せて貰い、久彦は本屋でドリルを購入し、さらには漢字検定、算数検定、英語検定などの検定も視野に入れた勉強を教えた。

先生も、城司の成績は不安に思っていたから、教材取り寄せ位は、喜んで協力した。


城司は、冬休み最終日、成人の日に最終的なテストを行った。

点数は、九十点以上取れていた。


「うん。出来るじゃないか。」

「まあ。ありがとうな。」


久彦は、最終的なテストは、これで終わりだと言い、明日、三学期の始業式にこのテストと結果を、草川先生に提出して、報告するだけだった。

草川先生は、聞いた話だと、高校三年間全て仏神城司担当になっていて、城司がいるクラスは必ず、草川先生だった。

草川先生が選ばれたのは、仏神夫妻とは親友で有り、親友の子供が心配だった。

それを知った教育委員会は、この地域で必要な仏神兄妹を見守る役目として、草川先生が選ばれた。


黒菜は、成績も良く、運動も良いし、外の世界も知っているから、そんなに心配は無かったのだが、城司は、運動は良いとしても、成績が酷く、地域の外へと出られなかった事が大きく、教育者からではなくても、この地域に住んでいる人は心配をしていた。


加納久彦が引っ越してきてから、変化は起き始めていた。


「そういえば、久彦は進路どうするんだ?」

「ご心配なく。市役所に勤務出来るよ。もう、手続きは済んでいて、四月からは引っ越し先の市役所に入る。今は、ペアバディ部署に入る為の勉強をしている。」

「お前、放課後は俺の勉強見ていて、よく自分の勉強時間、確保出来るな。」

「人の勉強を見ていると、知識の再確認も出来るんだ。頭は、何度も繰り返す事は必ず覚える物だ。それとプラスにやればいい。」


その様に話をしていると、外は雪が本格的に降ってきた。

この分だと積もる。

すると、城司の部屋に、黒菜が来た。


「久彦、今日、泊まって行って。」


その一言で、久彦はもちろん、城司も顔を赤らめていた。


「黒菜さん。いくら今日、籍、入れたからって、まだ、学生の内はその。」

「?。明日、雪が積もりそうだから、境内の雪かきを朝から手伝って貰おうかと思って。それと、今日は久彦の誕生日でしょ?午前中は市役所行って更新していたし、午後からは兄貴の勉強見てくれたし、今から祝いたいし、ケーキも作ったんだ。それでも、泊まりって、ダメかな?」

「ああ、そういう。良いよ。」

「良かった。もうね、お義父さんとお義母さんには、連絡済みなの。じゃ、久彦の布団とパジャマ用意するね。下着どうしよう?新品、兄貴のがあったから、それで良い?」

「えっ、別に、今から家に取りに行っても良いよ。」

「あ、そうだね。制服も持ってこないといけないね。じゃ、直ぐ行って戻って来て。それと、今日の夕飯と明日の朝ご飯期待していてね。がんばって作るよ。」


黒菜は、とても嬉しそうに城司の部屋にある扉を閉めた。


「本当、兄妹だな。」

「は?」

「だって、城司。修学旅行の時、あんな感じで楽しそうだったぞ。」

「それは。」

「周りが大変だったよな。駅前のティッシュ受け取っただけなのに、すっごく喜んでいたし、大きな建物見て微動だにしなかったし、本でしか見た事ない建築物に頬ずりしようとしたり、本当に大変だったな。よく、ドローンが犯罪行為だと認識しなかったなってな。」


修学旅行の話をしながら、一度、自分の物を持ってくる為に、家へと向かい、黒菜の言う通り、直ぐに仏神神社に帰ってきた。


「ただいま、黒菜さん。」

「おかえり、久彦。」


もう、この仏神神社が自分の家と認識し始めていた。


籍を入れたからか、リストレットを見ると、とても嬉しい。

今日から、仏神久彦なのだ。

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