6「確認」
秋になった。
黒菜はリストレットにパートナーを付けて、自転車の空気圧を見ていた。
その時、久彦が仏神神社に来ていた。
「お待たせ、黒菜さん。」
「久彦君。おはようございます。」
「おはようございます。城司は?」
「兄貴は、準備をしていますが、大丈夫でしょうか?」
「何が不安なのです?」
黒菜は、自転車の空気圧が大丈夫な事を確認すると、手にはめていた軍手を外して、近くに置いてあったペットボトル状のジュースを飲んだ。
玄関先にある段差に腰を掛けて、久彦も横に座るように進めた。
久彦が座った事を確認すると、久彦にもペットボトル状のジュースを差し出す。
久彦はそれを受け取り、蓋を開けると、一口飲んだ。
「兄貴は、この地域を離れられなかったでしょ?」
「その様だね。」
「だから、本当にこの地域から出る事が出来るのかの検証で、目的地の看板に行くだけなのだけど、どれ位の荷物を持っていったら良いのか、分からないのではと思って、不安なのです。」
「まさか。」
「結構な荷物になっていなければ良いのですが。」
久彦の装備。
動きやすく、汗が吸いやすい、ジャージと、自転車を扱うから手ぶらで居なければならない為、ウエストポーチを装備している。
ウエストポーチの中身は、ハンカチ、ティッシュ、小銭入れに入っている小銭、スマートフォンだ。
喉が渇いた時には、ジュースを近くの自動販売機で買えばいいと思っていたし、行きにコンビニエンスストアに寄ればいいと思っていた。
でも、今、黒菜から貰ったペットボトル状のジュースがあるから、喉の渇きについては心配がなくなった。
ウエストポーチには、ドリンクフォルダーも着いているから、そこに差し込めばいい。
「黒菜さん。久彦の部屋案内してくれる?」
「ええ。」
久彦は、黒菜に案内され、城司の部屋にきた。
一応、ノックを二回して、了解無しに入ると、黒菜も久彦も呆れる顔をした。
城司の恰好は、登山に行く装備で、荷物は何日旅に出る気なのか分からない、カバンが三つほど用意されていた。
それら全てに着替えやら、薬やら、防寒具やら、色々入っていると推測される。
久彦は、城司を見て、一息吐いた。
「黒菜さん、後、五分、いや、十分、待っていて下さい。」
「よろしくお願いします。」
黒菜は、城司の部屋から出て、扉を閉めると、中からは久彦がカバンの中身を開けて確認している声が聞こえて来た。
少しだけ、扉前で聞いて居ると、黒菜は突っ込みたくなって来た。
聞こえてくる内容は、こんな。
「城司、どうして、ルアーが必要なんだ?俺達、ただ単にサイクリングに行くだけだぞ。」
「だって、もし、何かがあって、無人島みたいになったら、どうやって魚を取るんだ?」
「ならないし、ここ海がない県だぞ。どうやって無人島になるんだ?それと、何泊する気だ?ザっと見て、二週間はあるぞ。」
「もし、何かに巻き込まれて帰る事が出来なかったら。」
「帰る事出来るから。それと、なんだ?このボードゲーム?」
「娯楽も必要かなって。」
「」「」「」などという、会話だった。
十分後、部屋の前で待っていた黒菜は、ようやく開いた扉から、中を見た。
すると、城司の恰好は、久彦と同じ様な装備になっていた。
城司は、リュックを背負っている。
中身を聞くと、ハンカチ、ティッシュ、お金、スマートフォン、救急セットだが、それだけを入れるのにリュックだ。
「どうしても、荷物を沢山入れられるカバンが良いって言うから、リュックで納得して貰ったよ。」
本当に久彦は、疲れていた。
黒菜は、久彦の肩を少し擦って、お礼を言った。
玄関を出て、鍵を掛けた。
自転車を操作して、出かける。
目的地は、この地域が記されている看板である。
仏神神社から出て、国道沿いは通らず、町の中へと入って行く。
この地は、国道が通っているが、昔から町の中が主流でもあるから、どちらでも道は繋がっている。
町の中を選んだのは、この地域は観光地になっており、休日になると観光客が多く来る。
地元の人は、それを知っているから、車を走らせる時には国道を通る。
町の中、車が通るのは、観光の人が操っている事が多い。
だから、車が少なく、自転車を走らせやすいと考えた。
それと、久彦が町の中に慣れる様にと願いもあった。
町を抜けると、国道へ出る。
そこから、少し南下して自転車を走らせる。
仏神神社から、目的地までは、車で十五分位であるから、自転車だと三十分を見ればいい。
自転車を操縦していると、とても空気が気持ちいい。
もう、秋だから、木々の色がとても温かい色をしている。
紅葉を感じながら、走らせる。
目的地に着いた。
「城司は、ここから出られなかったのか?」
久彦は、路肩に自転車を止めて看板を見る。
そして、深呼吸をした。
とても空気が美味しい。
田舎の空気は、本当に自然が多く、肺に入れると、まるで自然と一体化した気分になれた。
黒菜も城司も、自転車を止めている。
「さて、兄貴。一人で進んで見て。」
ここは、田舎のレールバスと、高速道路と、国道の三線が交差する場所でもあった。
城司は、歩道が無かった為、国道の白線を触れる事なく、歩いていく。
しかし、途中で何か見えない壁があるかの様に、ぶつかっていた。
見ていると、パントマイムをしている様に、手で見えない壁を触っている。
次に、久彦と手を繋いで進む。
すると、そのまま通れたのである。
ドンドンと進めている。
「おお、地域を越したぞ。」
「兄貴、そこで久彦君と手を離してみてください。」
城司は、久彦と手を放すと、何も起きなかった。
今度は歩いて見ると、ドンドンと先へと歩いていける。
城司にとっては、この先は未知の領域だ。
「やった。やったぞ。」
城司は、喜んだ。
その姿に、黒菜は喜び、久彦も先程進めなかった事実を見た後だから、喜んだ。
地域の領域にいる黒菜の所へ戻るだけなら、手を繋ぐ必要はなかった。
出る時に、久彦が必要だと、認識した。
「兄貴にとって、地域から離れるには久彦君が必要ね。」
「許可証みたいなものか。」
「そうね。そう思ってくれて良いわ。という事で、久彦君、兄貴がこの地域を離れる時には、ご一緒お願いしますね。」
黒菜は改めて、久彦に頼む。
久彦は、快く了解をしたが、条件を一つ出した。
「その時は、黒菜さんも是非。」
「いいわよ。ただし、私が付いて行くと言う事は、由衣も一緒だけどいい?」
「えっ。」
「冗談よ。でも、由衣には一応、行き先を言って置くわ。私達、両親が居なくなってから、由衣の両親が私達の保護者なのよ。心配は掛けたくないわ。」
「そういう事なら。」
「でも、それも、後、四年、五年。成人までね。」
先の事を黒菜は考えていた。
それとは、違って城司は、最初にどこに行こうかと、ウキウキしていた。
「この兄妹は、見ていて飽きないな。」
久彦は、その様に感想を持った。
冬休みに入った。
仏神神社は、冬休みは忙しい時期ある。
城司も黒菜も、神社の奉り事で大変であった。
だから、冬休みに入る前の終業式の日から、戦場である。
「黒菜、どれくらい宿題ある?」
「結構、でも、午後からやれば何とかなる。」
「俺は、結構掛かりそうだ。」
黒菜と城司は、リストレットを繋いでいた。
「そうか、神社だもんな。この時期大変そうだ。」
「そうよ。私達は、邪魔しない様に、神社に行く事はしないで、元旦になってから、いけばいいのよ。」
黒菜と城司の話を聞いた由衣が久彦に、声をかけ…注意をした。
すると、久彦は、少し考えた。
「神社の手伝いって出来ないかな?」
「は?」
「ほら、そんなに大変なら、手伝えないかなって、神事は出来なくても、掃除位なら出来そうだよ。」
「そんなに簡単な事…そうね、手伝えばいいんだわ。」
今まで、神社の事は、神社の関係者じゃないとしてはならないと思っていた。
地域に暮らしているから、その意識が強く、違う考えがなかった。
「良い事言うわね。加納君。」
「そうかな?」
「ええ、やはり、外側から見る視点は違うわ。でも、これは黒菜の重みを軽くするのが目的だから、黒菜が望んだ事以外はしない様に。」
「余計なお世話にならない様にするよ。」
久彦は、もう一度、少し考えた。
「君の事、星沢さんでいいの?」
「ええ、名前で呼んでいいのは、黒菜だけよ。」
「ご両親は。」
「家族は別。」
確認が出来て、久彦は自分の置かれている立場を整理した。
久彦は、宿題の量と神事の段取りを話し合っている仏神兄妹に、今の事を提案した。
最初、遠慮していた仏神兄妹だが、久彦と由衣の説得により、了解した。
「では、由衣と久彦君が手伝ってくれるから、段取りの練り直しだね。」
「そうだな。」
「あれ、少し仕事量を増やしてしまったのか。」思った、久彦と由衣だった。
早速、黒菜と城司は、家へと帰って行った。
見送る久彦と由衣。
由衣は、黒色の肩掛けカバンの中から、自分のパートナーを出すと、リストレットに装着した。
久彦も同じ様にして、由衣の後を追う。
校門まで行くと、由衣は付いてくる久彦に向き合った。
「明日、午後、昼ご飯食べ終わったら、仏神神社へ集合ね。その時には、エプロンにビニールの手袋、汚れてもいい恰好、それと、水分ね。今回は、黒菜を楽にさせる事が最重要任務。だから、黒菜に世話させるんじゃないわよ。」
「あ…ああ、分かっている。時間としては、午後一時でいいんだね。」
「そうよ。じゃ。」
由衣は、自分の家へ向かう。
久彦も、自分の家へと向かう。
「なんで付いてくるのよ。」
由衣が歩くと、久彦も歩く。
同じ方面だ。
「だって、俺の家、こっち方面だよ。」
「そういえば、こちらのアパートでしたね。いつも仏神君と一緒だったから、てっきり仏神神社の方角だと認識していたわ。」
「星沢さんは、どこなの?」
「教えないわ。今、黒菜は頑張って宿題済ませていると思うの。加納君も、自分の宿題はきっちり終わらせて置く様に。神社の手伝いをしていて、自分の宿題が手を付けられませんでしたでは、黒菜が心を痛めるわ。」
「そうだね。星沢さんは、宿題は?」
「もちろん、この後、お昼ご飯食べた後、がっつりやるわよ。だって、黒菜と一緒の時間に同じ事をしているのよ。とっても嬉しいわ。」
由衣は、とても幸せな顔をさせた。
その顔を見ると、確かにと思った。
「なら、俺も、午後から宿題出来るだけ頑張るか。」
「加納君は、仏神君と一緒の事をしていると想像してね。黒菜は私が想像するから。」
「俺は、一応、黒菜さんと交際しているんだけど。」
「あー、もう、本当ならね。加納君と話をしたくないのよ。でも、黒菜が平和を望んでいるから、この様に話もしているのよ。私が個人的に勝手に想像して、幸せに浸る位は良いでしょ。」
その言葉で、久彦は気付いた。
気に入らない相手なら、名前で呼ばなければ良いのに、この星沢由衣は、名前を呼んで話をしてくれている。
そうするのは、喧嘩にならない様にしてくれているのだと、感じた。
「そうだね。」
「分かってくればいいのよ。」
由衣は、その言葉を言って、自分の足を歩ませた。
久彦は、この地域に引っ越しをしてから、分かった事がある。
この地域は、仏神黒菜を大切に思っている人が多くいる。
黒菜が平和を望むなら、その様に行動し、この地域を守っていく。
久彦は、自分のリストレットを見る。
こんな個人情報を入れて、持ち歩かなければならず、GPSを常に携帯し、何処に居るのかを送信され、ドローンが飛び交う空で、実に監視されている世界だが、この地域は、どうやら、それ以上に仏神黒菜の意思が尊重されていると感じた。
引っ越した時に、この地域がどんな所かを、地域のアプリで見た情報は、事故や犯罪が無いに等しい数値だった。
もしかしたら、この地域は、リストレットもパートナーもドローンですら、仏神黒菜が居れば要らないのではと、住んでみて分かる。
そんな黒菜と、自分は交際をしている。
それだけでも、恐れ多い事だと、改めて実感する。
だから、由衣の様に振舞う人が出て来るのも、分かる。
「とんでもない人を好きになったな。俺は。」
久彦は、一言吐いて、家へと帰った。
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