5「防止」

次の日。


学校の昼休み。

この日は、城司と久彦は、いつものように教室で弁当をって気分ではなかった。

周りの視線がいつもと違っている。

クラスメイトは、一応、いつもの通りにしてくれているのだが、何故か、城司と久彦を一緒にしたがる。

クラスメイトの一人が「席を隣にしたら」と、朝礼で草川先生に提案したが却下された。

草川先生の意見は「いつも一緒に居るのが恋人や夫婦ではない」と答えを言い、既婚者の意見として、少しだけ話をしたのである。

それと「あまり騒がないように」と付け加え、クラスメイトはいつものように接してくれたのだ。

しかし、他のクラスは違って、休み時間の度に廊下が騒がしい。


城司と久彦は、黒菜のクラスに来て、呼んだ。

黒菜のクラスに来ると、黒菜は呼ばれると思って待機をしていた。

弁当と水筒のお茶を用意して、いつでも出られるようにしていた。

そうするのではと思い、由衣は、いつも黒菜と一緒に食べるけれど遠慮し、自分の席で弁当を広げていた。


「静かになれる所がいい。」


黒菜は、さっそく二人を連れて、職員室に行った。

職員室に、二つノックをして入ると、先生達は察してくれた様に、職員室内にある生徒指導室の部屋まで案内してくれた。

この部屋なら、生徒は入ってこないし、入ってくるにしても職員室を通らないといけない。

よっぽどの用がない限りは、二人に干渉は出来ないし、先生達が守ってくれる。

生徒指導室へ入ると、やっと落ち着く城司と久彦。

本当は、生徒指導室は、ホッとする所ではない。


弁当を広げた。

それぞれ持っている水筒に備え付けてあるコップに、お茶を注いで、弁当を食べ始める。

黒菜は、ふと生徒指導室の壁に貼られた年間行事表の「三年生修学旅行」の文字が目に入る。


「そういえば、もう、兄貴は通る事が出来るよ。」


その一言を黒菜は発すると、城司は驚きと喜びがあふれる顔をしていた。

久彦は、どういう事かと説明を聞く。


「兄貴は、この地域を出られなかったのよ。地域の周りに結界が張られているみたいで、…兄貴が幼稚園年中組の頃、家族と一緒に車でドライブに行こうってなったの。この地域と地域外の所へ差し掛かった時、車がいきなり動かなくなってね。丁度、そこには車を停めて置ける場所があって、停めて、贔屓にしている車屋さんに連絡をして、来て確認して貰ったけど、異常が見られなかったわ。一度、家に帰って、車が動かなくなった場所を地図で確認したの。すると、そこには、この地域の名前と、その後ろには〝またおいでください”と書かれた看板があってね。他の道からもこの地域を出ようとしたけれど、車が動かなくなってしまって、一度、兄貴を母と家に置いて、私と父だけでその場所に車で行って見たの。そしたら通れたわ。」


黒菜は、また、淡々と話しをする。

話をしている時の黒菜は、何かに憑り付かれた様になるから、途中で会話をする事が出来無い雰囲気がある。


「そして、今度は、私を母と家に置いて、父が兄貴を一緒にその場を訪れた時、車が動かなくなったと報告があったわ。だから、兄貴は、この地域から出た事がなく、遠足も社会見学も修学旅行すら、兄貴は欠席をしなくてはいけなくて、私は行けたから、少しだけ苦しかったよ。でも、兄貴の事は、地域の人ほとんど知っていたから、お土産がすごい事になったの。」


黒菜の話を、久彦が聞くと、お土産がクラスメイト一人一人からされ、担任の先生からも貰ったのである。

量が凄い事になった。


「それは、凄いな。」

「処理するのに、大変だった。」


城司と久彦は、その時の状況を話すと、また、黒菜は話し出す。


「でも、思い人と会えたから、もしかしたらと思ったのよ。よく私達でもあるじゃない?会おうとして家に出向いたけど、会えなかったって事。だから、人柱の巫女は、動かなければ、会いに来てくれた時に会えると思ったのよ。今は、会えている訳だし、きっと、この地域から出られるわよ。久彦君と一緒なら。」


最後の一言が、背筋に寒気が走った。


「んっ、何だって?黒菜。」

「だから、久彦君と一緒なら、この地域を出られると思うよ。」

「何でだよ。やっと一人で行けると思ったのに。」

「関西にある有名な遊園地?それとも、関東にある有名な遊園地?ここから南にある遊園地?北にある遊園地?どこに行くにしても、久彦君と一緒だと思うよ。兄貴は良いとしても、折角会えた恋人同士だから、一緒に居たいと思うよ。それに、この地域にいるなら良いけど、地域から離れるとなると、久彦君が体調不良になるよ。」


例を挙げているのが、何故、遊園地ばかりなのかという突っ込みも出来ない位の情報に、久彦が弁当を少し喉に詰まらせそうになった。

城司は、久彦に飲み物を進め、喉の詰まりを解消させる。


「大丈夫、ありがとう。城司。」

「で?どうして、久彦が俺と離れただけで体調不良に?」

「さっきも言ったけどね。また引き離されるという気持ちが生まれるからよ。」


黒菜は、もう食べ終わった弁当を閉まって、飲み物を飲んでいた。


「まあ、今度、確認しに例の境界線まで行ってみよう。」


城司と久彦は、黒菜のこれまでの説明で疑問があった。


「昨日もそうだったけど、黒菜さんは、俺と城司を一緒にしたがるよね?」

「ええ。そうよ。」

「それは、何故?」

「言っていいの?」

「えっ?」

「言っていいなら、言うけど、世の中知らないでいて幸せな事ってあるよ。」

「そんな話なの?」

「ええ……、話してもいいけど、この地域に住む人の命を背負う覚悟があるなら、この後の五時間目を使って詳しく話をしても良いけれど?」

「命だと。」

「はい。」


久彦は、少し考えて、城司を見た。

すると、城司は目を見開いて、黒菜を見ていた。


「まさか。黒菜。」

「少し席を外しますね。」


黒菜は、席を立ち、生徒指導室を出て、近くに居た先生に「五時間目を休む」と話をしていた。

また、生徒指導室に入ってきた黒菜は、顔つきを変えた。

その顔つきは、城で話をした顔だった。

席に着くと、ゆっくりと口を開いた。


「では、真実をお教えします。城司様が、感じていた様に、城司様と久彦様が一緒にいないと、どうして、この地域の人が命の危険にさらされるかです。この地域は、今まで人柱の巫女によって、自然災害が起きても、目立った被害はなかったのです。ですが、城司様が、この地に誕生してから、城の下に収められていた人柱の巫女がいなくなりました。となれば、この地域は、自然災害が来たら、被害があちらこちらで出て来るでしょう。今まで、人柱の巫女によって、支えられてきたのですから。その巫女が、城司様として、この世に誕生した。その城司様が、この地域を離れる訳ですから、当然、巫女の力がこの地域に届かなくなります。だけど、それを補うのは、久彦様です。久彦様が、ご一緒ならば、巫女の力は増大なさるでしょう。となれば、地域を離れた所で、巫女の力が地域と繋がっていれば、自動的に地域へと力が注がれます。恋する乙女は無敵、とか言う言葉もある位です。」


黒菜は説明をすると、城司も久彦も、今日のクラスメイトや周りのクラスの人が、どうして一緒にしたがるのかが分かった。

一緒に居てくれないと、この地域は一つの自然災害で崩壊するからだ。

あの城も例外ではない。


黒菜は、目を閉じて、開く。


「納得しましたか?兄貴、久彦君。」


説明を訊き終えた久彦は、黒菜のリストレットをしている手を握った。

黒菜は、瞬間の出来事に目をキョトンとしている。


「黒菜さん、俺、貴方の事が好きです。」


いきなりの告白で、城司は驚いている。

黒菜は、平然としていた。


「久彦君が私を好きなのは、気づいていました。しかし。」

「城司も、黒菜さんが、好きだよ。」


黒菜は、分かるか分からないか程度に、目の瞳孔を開いたが、冷静に戻した。


「そう、でも、私は…。」

「昨日、前世は前世、今は今って言ってくれたじゃないか。黒菜さん。だから、今は、俺達は黒菜さんが好きだ。」

「兄貴は?私の事、黒菜?妹?どちらの好きなの?」


城司は、黒菜と久彦の視線を感じた。

二人とも、返事を待っている。


「あー、俺は、黒菜の事は、妹として好きだ。昨日、他人だって聞いて、夜、結構悩んだけど、いきなり妹を恋愛対象としては見られない。」


黒菜は、一息吐く。


「この地域の人間としては、二人が仲良くなってくれないと、自然災害が起きた時に被害は出る。けど、今の二人は恋人同士ではない。そればかりか、一人は、私の事を好んでくれている。私は、この地域の巫女として、二人は仲良くして貰いたいのです。でも、仕方ないですね。今の人柱候補の巫女でいいんですか?」

「黒菜さんだから、好きなんです。」

「前世の事とかは、関係なくですか?」

「前世の事も含めてです。」


黒菜は、久彦の目を見ると、何故か、自分の胸が熱くなるのを感じた。

だが、それを隠す様に、目を瞑り、開ける。


「わかりました。一応、久彦君の気持ちを受け取ります。ですが、覚えて置いてください。貴方は、人柱の巫女とは、恋人同士だという事を。」

「もちろん、黒菜さんの言いたい事は分かります。城司毎、好きになれって事だよね。覚悟は出来ているよ。」

「本気なのね。」

「本気じゃなかったら、生徒指導室で告白しないよ。」


すると、黒菜は、リストレットを自分と久彦と繋いだ。


「今、この時から、よろしくお願いします。」


黒菜は、久彦に笑顔を向けた。


城司は、久彦の顔を見るととても喜んでいるのがわかった。

黒菜の顔を見ると、頬を赤く染めていた。

それが耳までだから、相当照れている。

こんな顔を、過去にも見たことがなかったから、城司は嬉しくなった。


「俺の事は構わなくて、良いんだぞ。」

「それだと、この地域が危ないって事だぞ。」

「それは分かるけど、俺、邪魔だろ?」

「なら、考え方を変えよう。二人で黒菜を守れば良い事だ。」

「あっ、そういう事。」


二人の会話を聞いて、黒菜はどういう意味か分からなかった。


「つまり、俺と城司はペアだ。そして、バディには、黒菜を選んだんだ。」

「そう、恋人は前世に置いて、協力者として今は振舞うよ。」


黒菜は遠慮しがちに微笑み、自分のリストレットを外して、生徒指導室の扉に来た。

少し空いた扉にあるマイクを拾うと、オフにした。


「黒菜、このマイク。」

「ええ、ここでの話は、全て、全校に筒抜けでしたよ。」


城司と久彦は、顔を真っ赤にした。


この話し合いは、先生が全校生徒に伝えるのが良いと判断した。

この地域の問題だからだった。

ソッと生徒指導室の扉を開けて、マイクを入れた。

ついでに、五時間目は「この地域に行く末について」を授業内容にした。

もちろん、レポートは提出してもらう。


六時間目のチャイムが鳴り、弁当と水筒を持って、生徒指導室を出た。

職員室に残っている先生に、生徒指導室を貸して貰った事のお礼を言った。

もう、六時間目が始まっている時間だが、教室へと行くのが拒まれる。


「兄貴、久彦君、今日は一緒に帰りましょう。由衣も一緒に帰ってもいいですか?」

「ああ、いいぞ。」

「何で、そんなにゆっくり歩いているのですか?授業に遅れますよ?」

「何で黒菜は、そんなに落ち着いているんだ?教室へと入ったら、何を言われるか。」

「何も言われませんよ。」


黒菜は、城司と久彦を安心させる言葉をかけて、自分の教室へと向かった。

城司と久彦は、黒菜の言う通りなのか、教室へと向かった。

教室へ入ると、一度、二人をクラスメイトは見るが、いつもの様な雰囲気となっている。

六時間目の教師が、二人を確認する。


「席に座りなさい。」


教師は言葉をかけた。

二人は、自分の席に座ると、授業が普通に再開された。

もう、二人が一緒にいる事は確定されたから、不安要素が無くなっていた。

それもあるのだが、先生がソッと見守るようにと注意をしたからだ。

色恋沙汰の話は、とても訊きたいが、見守る事にした。


放課後になったが、見物客はいなかった。

本当に、普通な放課後の雰囲気だ。

黒菜の言う通り、何も言われない。



「玄関へ行こうか。城司。」



玄関へ行くと、そこには黒菜と由衣が待っていた。

すでに、黒菜と由衣はリストレットを、レールで繋げて待機している。

そのリストレットを、城司と久彦が見る。

黒菜は、視線が何を言いたいのか分かった。


「一応、恋人宣言をしましたが、その背景には、この由衣の協力もあってだからね。だから、由衣に少し私を預ける位は許して欲しいわ。」


城司は、由衣の事は少し知っている程度だが、黒菜が一番大切にしている親友なのは、周りも知っている確定された事である。

その由衣を見ると、一言放った。



「黒菜を泣かせたら、この地域滅ぼすからね。」



そう言った目線や態度は、体を全体使って、本気のオーラを出していた。


由衣は、正直、黒菜を取られた気分である。

黒菜さえいれば、こんな地域、滅んだって良いと考えているし、黒菜の為なら、この命さえも黒菜に捧げる覚悟をしていた。

由衣にとっては、黒菜は、女神であり、崇拝するに等しい存在。

しかし、当の黒菜が、この地域の平和を願っているから、それに従うまでである。


その事を、由衣は自分がどれだけ黒菜の事を思っているかを話しながら、仏神神社まで、城司と久彦と一緒に帰った。

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