第12話 ボクの耳は汚くないけど?

「耳かきをしよう」

「え、ボクの耳は汚くないけど?」

「耳かきをしよう」

「ボク、耳掃除はこまめにしてるからね」

「耳掃除のやりすぎはよくないんだぞ!!」

「急に声が大きい」


 今日も今日とて白取を寝かしつけるためのプランを考えてきた俺は、保健室で「耳かき」の提案を白取にしていた。


 ちなみに保健室の主は――。


「すやすや」


 定位置でお気に入りのアイマスクをつけて寝ていた。先日の膝枕で、「横木泊にかかわるとろくな目に遭わない」と認知されたらしい。


 烏丸先生から「こっちにかかわるな」という空気をひしひしと感じる。


「白取。これはお前の耳を掃除するための耳かきではない」

「じゃあ、なんなの?」

「白取を寝かしつけるための耳かきだ」

「???」


 一般人の反応はこうだろうとも。

 だが、俺ほどのASMRユーザーともなれば、「耳かき」と聞けば「あーはいはい。出ました。寝かしつけの定番ね」となるはず。


 というかなれ。


「やり方は先日の膝枕をしつつ、さらに耳かきをする。これだけだ。簡単だろう?」

「それは普通に膝枕をするのとなにが違うのかな?」

「毎回言ってるけど、心地のいい音はリラックスにつながるから入眠に持ってこいってのが1つ。あと膝枕の時に思ったんだが、白取は周囲の環境に敏感だろ?」

「まあ、そうだね」

「睡眠時は目を瞑っているから視覚情報は遮断されている。そうなると、聴覚が鋭敏になる。多分、白取は人よりも雑音が気になるタイプなんだ」

「言われてみれば……」

「だが、前回は烏丸先生の子守唄を聴きながら眠れただろう?」

「う、うん」

「それで思ったんだ。雑音が気になるなら、心地のいい音でその雑音をかき消せばいいってな」

「……ああ、なるほど。木を隠すなら森の中とも言うように、音が気になるならあえて音でそれを気にならないようにしてしまえばいい……ということだね」

「で、耳かきってわけだ。耳かきはASMRなんかじゃ定番も定番。あのゴリゴリって音が心地いいんだ」

「ふーん? まあ、たしかに耳かきは気持ちいいよね。分かるよ」

「それじゃあ、さっそくやるか」


 前回の膝枕同様、ソファに腰を下ろす。それから、白取はおずおずと俺の膝に頭を乗せる。


「それじゃあ、右ー」

「右ー」


 白取は右を向いた。


「さっそく耳かきしますか」

「……なんだか、ちょっと恥ずかしいな」

「え? なんで?」

「いや、同級生の男の子に耳をじっくり見られているというのが……なんだか……」

「そうか?」

「……ボクが気にしすぎてるだけかも。気にしないで」


 白取はほんのりと頬を染めつつ、髪を耳にかけて俺がやりやすいようにしてくれた。


「……」

「あれ? 横木くん、どうかした?」

「いや、たしかに同級生の女の子の耳をまじまじ見るのは、緊張するかも」

「ほら、言ったでしょ?」


 思いついた時はナイスアイデアなんて思ったが、これはなんだかまた失敗する予感。


 いやいや、弱気になるな! 俺は睡眠のプロ(自称)なんだぞ! 頑張れ!


「それじゃあ、いくぞー? かきかきー」

「……」

「かきかきー」

「ぷるぷる」


 おや? 白取がぷるぷると言いながらぷるぷる震えているぞ?

 そして、ついには「ふふ……あはは」と噴き出した。


「おいおい、そんなに動くなよ? やりにくいだろ?」


 抗議すると白取は「すまないすまない」と言いながらも、わずかにまだ笑っていた。


「邪魔をするつもりはなかったんだよ? でも、くすぐったくて」

「え」


 くすぐったい……?


「俺、下手なのかなぁ?」

「よし、じゃあ試しにボクがやってあげよう」

「え?」


 え?


 そんなこんなで――。


「かきかきー」

「すやすや」

「寝ちゃった」


 好きな人に膝枕をしてもらった挙句、耳かきまでしてもらった。これで寝れない男がいるだろうか。いや、いない。


「すやすや」

「すやすやと言いながらすやすやしている……ふふ」

「はっ!?」

「起きた」


 しまった! 白取の寝かしつけをするつもりが、俺が寝かしつけられていたぜ!


「(´・ω・`)」

「横木くんが顔文字みたいな顔になっちゃった」

「白取……今度こそ俺をお前を寝かしつける!」

「あ、うん? よろしくお願いします?」


 チャレンジ2回目。再び俺が白取に耳かきを施したところ――。


「ふふ……あははは」

「(´・ω・`)」


 どうやら俺は耳かきが下手くそらしい。


「ごめん……! 俺、白取のこと必ず寝かしてみせるって……そう思ってたんだけど、ぜんぜんうまくできなくて!」

「い、いいんだいいんだ! そもそもなかなか眠れないのはボクに原因があるんだしさ。君が気に病むことはないよ?」

「俺は……睡眠のプロ失格だ!」

「そこまで自分を追い詰めることしなくても……」

「俺は普通にたくさん寝ているだけの人……」

「もとからそうじゃないの?」

「( ゚д゚)」

「あ、なんかごめんね?」


 白取は「また顔文字みたいな顔にさせてしまった。とても責任を感じる」と責任を感じていた。そんな必要はないのに。


「うーん、一体どうすれば……」

「なんだかボクのことで、そこまで悩ませてしまっているのが申し訳ないな……あ、そうだ横木くん」

「(´・ω・`)?」

「悩んでいてもいい解決策はそうそう出てこないだろうしさ。もしよかったら、放課後一緒に気分転換とかどうかな?」

「( ゚д゚)」

「それ横木くんの中で流行ってるのかな?」

「そうだよ」

「ボクも真似していい?

「いいよ」

「(`・ω・´)」


 白取が顔文字みたいな顔をしていた。いや、そんなことよりも――。


「こ、これは……」


 放課後デートでは!?

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