第11話 これで解決したと思ったけど?

「じゃあ、今度は横木泊がしてみなさいよ」

「ふぁ?」


 烏丸先生の提案に、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。

 結局、烏丸先生の膝枕で白取は眠ることができなかった。さて、次はどんな方法で白取を寝かせてみせようか――などと考えていたところ横から殴り飛ばされた気分である。


「なぜ俺が」

「横木泊が添い寝すると眠れたのよね」


 烏丸先生の問いかけられた白取が「まあ」とやや恥ずかしそうに答える。


「なら、横木泊の膝枕でも寝れるんじゃないかしら。知らないけれど」


 適当である。


「しかし、男の膝なんて気持ちのいいもんじゃないと思いますが」

「枕だって低反発もあれば、高反発だってあるでしょう」

「なるほど!」


 白取が隣で「言うほどなるほどかな?」と頭上に疑問符を浮かべる。どう考えてもなるほどである。なるほどしかない。これ以上分かりやすいたとえを俺は知らない。


「じゃあ、まあ……俺の膝でよければ寝るか?」

「失礼します」


 ソファに腰を下ろすと、白取はすぐ俺の膝に頭を乗せてきた。


「はやい」

「ごめんね……ちょっともう限界が来ていて……」


 睡眠不足は以前として深刻ということか。

 これは俺もうだうだ言っていないで、真面目にやらないとな。


「どうだ? 白取? 眠れそうか?」

「えっと、目が合ってるとあれだね……緊張するね」


 つい白取をガン見してしまった。俺は視線を外す。


「うーん」

「やっぱり眠れなさそうか?」

「あ、いや……意外と心地はいいけど……頭の向きがなんというか落ちつかない感じがするかな」

「じゃあ、またあれをやるか」

「あれ?」


 あれとはあれである。


「じゃあ、まずは右ー」

「右」


 白取が右を向く。


「どうだ?」

「うーん」


 おさまりが悪いようだ。


「ボク、眠る時に細かいことが気になってしまうんだ。シーツの皺とか、腕の角度とか……気にしすぎなのかな?」

「過敏に反応してしまうのね。そういう人もいるわよ」


 と、白取の問いに烏丸先生が答える。横目に確認すると、定位置であるデスク前の椅子に脚を組んで座っていた。


「結局、重要なのはリラックスすること。ストレスの要因となるものは、できる限り排除した方がいいわ」

「なるほど……」


 白取は頷きながら左に顔の向きを変える。


「あ! 俺の合図がまだじゃないか!」

「あ、そうだったね! すまない!」

「いや、必要なくないかしら……?」


 よく分からないことを言っている烏丸先生はインセクトして、「左ー」と合図を出す。白取は顔の向きを左にする。構図としては、白取が俺のお腹に顔をうずめているような形だ。


「……」

「……」


 沈黙。


「こ、これはさすがに……違うね!」

「そうだな。俺も落ち着かない」


 そして最後―。


「……」


 白取はうつ伏せになっている。つまり、俺の股間に顔を――。


「白取」

「なに」

「眠れそうか?」

「そう見えるかな?」


 見えないです。

 

 閑話休題。


 結局、白取は仰向けで眠ることになったわけだが……以前として眠れそうにはなさそうだ。


 それなのに昼休みの終わりは刻一刻と迫っている。せめて15分でもいいから白取は眠ってもらいたい。その一心から俺は思考をフル回転させて、「そういえば」と烏丸先生に目を向ける。


「烏丸先生!」

「なによ? そんな大声なんてあげて」

「子守唄をお願いします」

「は?」

「子守唄をお願いします」

「なんで2回言ったのかしら」

「大事なのことなので」

「なにをアホなことを言っているのかしら」

「お願いします! これも白取が眠るために必要なことなんです! 多分! おそらく絶対に!」

「じゃあ、横木泊が歌えばいいじゃない」

「あ、俺は音痴なので」

「……」


 烏丸先生は「はぁ」とため息を吐きながらも歌ってくれるつもりらしい。喉の調子をたしかめるように、「んんっ。あーあー」と声出しをしている。


「す、すみません。烏丸先生」

「気にしなくてもいいわ」


 面倒くさがりだけどなんだかんだ生徒想いな先生は、おもむろに子守唄を歌い出す。


 綺麗な歌声だと思った。少なくとも俺の音程外しまくりな子守唄に比べたらずっといい。


「うとうと」


 そうこうしているうちに、白取がうとうとと言いながらうとうとし出した。


「すやぁ」


 そして、ついに「すやぁ」と眠りに落ちた。


「寝た!」

「ふぅ……よかったわね」

「すやすや」

「すやすやと言いながらすやすやしている」


 よかった。これで少しでも休まるといいのだが。手伝ってくれた先生に感謝を述べようと、烏丸先生に目を向ける。すると、パタパタと手で顔をあおっている姿が目に映った。


「……」

「先生、なんだか顔が妙に赤いですけど、もしかしてちょっと子守唄を歌ったことが恥ずかしいとか……」

「うるさい」


 怒られてしまった。

 とにもかくにも、これで白取を寝かせるための方法は確立できた!


 などと思っていたのだが――。


「寝れない」

「……」


 翌日、俺の膝の上に頭を乗せていた白取がそう言った。どうにも彼女は同じ方法では眠れないらしい。


「慣れなんだろうか」

「ご、ごめんね? 本当に苦労をかけてしまって……」

「気にするな。また別の方法を考えればいいだけだからな」

「……優しいんだね」


 そりゃあ好きな人のためだから。なんて言えればよかったのだろうが、俺にはそこまで度胸がなかった。


 しかし、これはなかなか難しいぞ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る