第2章 星5

第10話 膝枕をしてみたけど?

 飛翔高校養護教諭――烏丸(からすま)黒羽(くろば)。

 常に隈をこさえたダウナーな女性であり、だいたい保健室にあるデスクに足を乗せて、「すやすや」と言いながらアイマスクをつけて寝ている。


 一見不真面目に見えるし、実際に不真面目な先生なのだが、これでも腕はピカイチだそう。


 曰く、有名な医大を首席で卒業したとかなんとか。曰く、万能薬の開発にかかわったことがあるとか。


 本人に直接、事の真偽をたしかめると、「なんなのよその完璧超人は……」と呆れた顔で否定していた。


 そんなやる気のない我が校の養護教諭は現在――。


「なんなのよ、この状況は」

「す、すみません! 烏丸先生!」


 飛翔高校の王子様――白取(しらとり)小鳩(こばと)にソファで膝枕をしている。


 烏丸先生はお気に入りのアイマスクを額に身に着けたままストッキングに包まれた太ももの上に、白取の頭を乗せている。その白取は仰向けの姿勢で寝転んでいる。


 白取は落ち着かないのか、視線をあちらこちらに向けた後、俺にぴたっと止める。その目は「助けて」と言っているように見えた。


「助けて……!」


 口でも言っていた。


「横木くん! やっぱり眠れないよ!」

「やっぱりダメかー」


 そもそも、この状況を作ったのは俺である。

 遡ること数十分ほど前のこと。


「膝枕なんてどうだろうか」

「え?」


 保健室で白取が寝るための作戦会議をしていた俺は、そんな提案を彼女に投げかけた。


「なんで膝枕……?」

「眠れるかなって」

「眠れるかなぁ……?」

「実際のところリラックスにつながる思う」

「そうなの?」

「ほら、恋人同士がよくやってるだろ?」

「それは恋人同士だからで……ボクたちがやると……ん? あれ、でもボクたちもう同じベッドで寝てるのか……なら、いいのかな?」

「いや、膝枕するのは俺じゃないよ」

「え? なんで?」

「だって、俺の膝はかたいから」

「かたいの?」


 男の膝はだいたいかたいもんである。


「というわけで、俺の代わりに膝枕をしてくれる人を呼んでみた」

「なんで私なのよ……」


 烏丸先生が気だるげに現れた。


「俺の膝よりは先生の膝の方が眠りやすいかなって」

「あら、私の膝がムチムチしているとでも言いたいのかしら?」

「はい」

「56す」

「ひえっ」


 そんなこんなで2人には膝枕をしてもらったわけだが――。


「ダメだったかー」


 まあ、そう簡単に解決したら誰も苦労はしないわな。


「試しにもう少し継続してみましょうか」


 俺がそう言うと、2人とも微妙そうな


「ええ……いくらやってもボク、眠れる気がしないんだけど……」

「はぁ……むしろ、私が膝枕してもらいたいくらいだわ」

「烏丸先生。ボクがしましょうか?」

「お願いしようかしら……?」


 ちょっとちょっとー? これはあくまで白取を寝かすための作戦なんですけどー?

 

 とはいえ、このまま続けても効果は薄いだろう。少しひねりを加えてみるか。


「よし、頭の向きを変えてみたよう!」

「それ意味あるのかしら……」


 烏丸先生はノリ気じゃないみたいだが、ともかく。


「まずは右」

「右」


 白取が右向きに寝転ぶ。


「どうだ白取」

「どうもしないけど……あ、でも、ちょっとさっきよりもいいかも……」

「なるほど。後頭部にやわらかいところが当たっているからかな」


 俺の推察に烏丸先生が「それは私のお腹がぽんぽこりんって言いたいのかしら?」と、額に青筋を立てた。


「じゃあ、次は左」

「左」


 白取は復唱しながら再び向きを変える。烏丸先生が「え? 無視?」と言っているが、ここはインセクトする。無視だけにね。


「左はどうだー?」

「これはちょっと落ち着かないかな……」

「だろうな」

「じゃあ、なんでやらせたの?」


 白取が「君ってちょっと頭がおかしいよね」と褒めてくれた。でも、そんな俺の言うことを律儀に聞いている白取も白取だと思う。


「じゃあ、うつ伏せー」

「うつ伏せ―」


 白取はうつ伏せになった。


「……」

「……」

「……」


 3人の間に気まずい空気が流れる。


「なんか、絵面がよくない気がする」

「横木くんがやらせたんだよねぇ!?」


 白取に怒られてしまった。


「あ……ちょ、ちょっと……うつ伏せの状態で喋らないでくれる……? くすぐったいから」

「ご、ごめんなさい……!」

「んっ……だからぁ……」


 おっと、やはり絵面的にんは白取が、烏丸先生の股間に顔をうずめているといういやらしい構図になってしまっているぞ?


 とてもお茶の間に流せない光景だが、俺はリアルタイム視聴してしっかり好きな人の雄姿を目に焼け付けておこう。


「あわあわ」

「白取があわあわと言いながらあわあわしている」

「誰のせいだと思ってるの!?」

「あっ」


 最後の烏丸先生の声を最後に、俺は2人から睨まれた。

 なんかごめんなさい。


「いや、しかし弁解をさせて欲しい」


 白取が「どうぞ」と言って、体を起こす。


「俺はうつ伏せとは言ったが、実際うつ伏せになったのは白取だろ」

「そ、それはまあ……」

「白取。お前は素直に人の言うことを聞きすぎだ。俺はちょっと不安だぞ」

「ご、ごめんなさい……?」


 だから、白取よ。そういうところだぞ?

 烏丸先生も横から「謝る必要はないわよ」と呆れた顔をしている。


 そんなこんなでちょっとえっちな空気となったことで、白取は余計に眠れなくなってしまった。


 失敗失敗。


 でも、とてもいいものが見れました。まる。

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