第9話 悪化したけど?
「前回眠れたわけだし、その時の状況を再現してみよう」
という俺の思い付きにより、俺は白取と向かい合わせで寝ている。
「これさすがに俺も緊張するわ」
「だよね!? ボクも余計に緊張しているよ!?」
「「……」」
白取の端正な顔が目の前にある状況。これで緊張しないやつなんているのだろうか? いや、いない。
「や、やっぱりダメかな……あ、あははは……」
乾いた笑みを浮かべる白取。そんな彼女にたいして俺は「いや」と口を開く。
「まだ前回と同じじゃない」
「え?」
「あの時、俺は寝てた! つまり、俺が先に眠ることができれば俺に続いて白取も寝れるかも!」
「でも、すぐ寝れるのかい?」
「余裕……Zzz……」
「寝た!?」
再三申し上げているが、俺の特技はいつでもどこでもどんな状況でも眠ることができるというもの。
すぐに眠るなんてお茶の子さいさいさ。
だけど、せっかく好きな子と一緒なのだから、もう少しドキドキしてみたかったなぁ……などと思った。
※
「すやすや」
「よく寝てる」
ボクはすやすやと言いながらすやすや寝ている彼――横木泊くんの顔を眺めながら、「不思議だなぁ」と呟く。
「ほとんど接点のない男の子と同じベッドで寝てるなんて……お母さんが聞いたら飛び上がりそうだなぁ……」
自分でも同年代の男の子にまさか「一緒に寝て欲しい」なんてお願いをするとは、思いもしなかった。
それだけボクは今――眠りたいと思っている。
正直に言えば、もう限界ギリギリだったんだ。磨いてきた演技力で、必死に取り繕ってきた。メイクで隈を隠した。
いつか眠れる。そうタカを括っていた。結局、今日までほとんど眠れなかったわけだけれど。
あまりの眠気で気絶するように眠っても、眠りの浅さと短さでほとんど寝た気がしない。
それがどうだ。彼と一緒に寝た時、ボクは久方ぶりの安息を覚えた。原因はなんなのだろうか? どうして、彼だけが特別なのだろうか?
「すやすや」
まだ彼は、すやすやと言いながらすやすや寝ている。
「気持ちよさそうだなぁ……」
羨ましい。ボクもはやく眠りたいのに……なんだかずるいぞぉ?
なんて、ボクが憤りを覚えるのは完全に筋違いなのだが、寝顔が妙に愛くるしいのもあいまって、つい悪戯したくなってしまった。
「えいっえいっ」
頬をつんつん。人差し指でつついてみる。
「寝ないの……?」
ぱちくり。彼が目を開いた。
「お、起きてたの!?」
慌ててつんつんしていた指を離すボク。
「さすがにあの一瞬で熟睡はできないって……」
「そ、そうだよね……ご、ごめん。あんまりにも気持ちよさそうに寝ていたからつい……」
「つい…で、人の頬をつんつんするのか?」
「女の子たちは喜ぶんだよ?」
「ああ……まあ、そりゃそうだろうなぁ。俺も別に悪い気はしなかったしな」
「え? そ、そうなんだ……?」
「「……」」
しまった。気まずい空気になってしまった。
「悪い。なんか俺、変なこと言っちゃったな」
「い、いや……そもそも悪戯心に火がついたボクが悪いんだし……ごめんね? 協力してもらってるのに……」
「気にするな。あれだろ? 自分は眠れないのに、俺がすやすやと言いながらすやすやしていたのが、ちょっと羨ましくて……ってのもあるんだろ?」
「え、な、なんで分かるんだい?」
「ダイエット中の女の子の前で、お菓子とか食べたらそりゃキレられるだろ」
「ああ……それは……」
「で、どうしようか。結局」
「そうだね」
もっと眠れなくなった気がするなぁ……。
「よ、よし! 今度こそもう絶対に寝る! ボクは目を閉じるよ! ぎゅー!!」
「そんなに強く目を瞑らなくても……まあ、いいや。おやすみ」
「おやすみ!」
せっかく彼がここまで協力してくれているんだ! 絶対眠るぞ!
「ふんすっ!」
「……焦るな、白取」
と、彼が耳元で囁く。
「で、でも……はやく眠らないと……時間だってもうあまり……」
「いいから、身体の力を抜け。大切なのはリラックスすることだ」
「リラックス……」
「眠らなきゃって考えれば考えるほど、眠れなくなるもんだ。まずは頭を真っ白にしろ」
「う、うん。分かった」
ボクは彼の指示に従う。頭を真っ白――と言われても、なんだか、難しい。どうしても余計なことばかりが脳裏を過る。
「白を思い浮かべるんだ」
「白って、どの白? 白って200色あるんだよ?」
「なんでもいいわ」
「そ、そっか」
白……白……。
「今、白取は白い部屋にいる。周りにはなにもない。白取が1人だけ。その部屋で横になっている」
「……」
「深呼吸。吸って……ゆっくり口から吐いて。息を吐くと、だんだん体がベッドに沈み込んでいく感覚をイメージするんだ」
「……」
沈み込む――。
なんだろう。彼の声、すごく落ち着く。そういえば、初めて彼と寝た時、似たような感覚に陥った気がする。
今にも倒れてしまいそうなほどの睡魔。やっとの思い出辿り着いた保健室。ボクは彼に気づかずベッドに倒れ込んで――なぜだかとても安らぎを覚えたんだ。
その安らぎこそ彼と一緒に寝ると熟睡できる理由なのだろう。では、なぜ彼に安らぎを覚えるのかな?
横木くんとはそこまで接点がなかったのに。
その答えに辿り着くより先に、ボクの意識は暗転した。
・・・。
・・・・・・。
「あれが小鷺さんの……?」
「それにしては……なんて言うかねぇ……?」
「平凡だな」
どこかで聞いたことがあるような言葉だ。
「小鳥ちゃん。なんて言うか……もうちょっとこう……小鷺さんみたいにできないかな? 小鳥ちゃんはそのままだとインパクトに欠けるっていうか……あ、いや! 小鳥ちゃんの演技は決して悪くないんだよ? でも、ほら? 小鷺さんと比べちゃうとね?」
ああ、思い出した。これはボクの記憶だ。いつのものとかではないと思う。だって――。
「あのスーパースターの娘さんなんだからさ! 君ならもっとできるはずさ! 君なら小鷺さんのようになれる!」
ボクがお母さんと比較されるのは、今も昔もずっと変わらないから。
「……小鳥。君は、自分の思う通りに演じればいいのだ。私のようになる必要などない。君はありのままで十分、観客の目をくぎ付けにできる」
お母さんはそう言ってくれたけれど。
「でも、それじゃあ……ボクが板の上に立つ価値ってあるのかな……?」
※
「はっ!?」
隣で白取が起きたのを感じ、俺も「むにゃむにゃ」と言いながら目を開ける。
「どうかしたか……?」
「あ、いや……」
発汗。息切れ。
もろもろの症状を見た限り、推察できることは――。
「悪夢でも見たのか?」
俺の問いに白取は「悪夢……悪夢か」となにかを確認するように、繰り返し呟く。
「そうかもしれない」
「……そっか。眠れそうにないか?」
「そうだね……どうやら、ボクの不眠症は悪化しているようだ」
「悪化?」
「君のおかげで眠れたのは間違いない。前回ならこのまま夢の中で羊と戯れていたと思う。でも……」
「もう俺と一緒に寝るだけじゃ、効果がないってことか?」
「だと……思う……」
マジか。
このタイミングで症状が悪化するのかよ……。
ようやく白取を助けられる糸口が見つかったと思ったら。
「原因は分かってるのか?」
「……まあ、そうだね」
どうも人にはいいにくい事情らしい。
「ごめんね……せっかく協力してくれたのに」
「ふっ……安心しろ! 手はまだある!」
「え?」
「言ったろ? 俺は睡眠のプロなんだぜ? 絶対、白取が快眠できるようにしてやる!」
「え、あ、でも……絶対眠れるようになる保障はないし……迷惑じゃ……」
「協力するって言っただろ? 男に1度約束させたことを反故にさせないでくれ」
「ほ、本当に協力してくれるのかい……?」
「もちろん」
「横木くん……」
俺は呆けている白取に手を差し出す。
「これから俺が全力でお前の安眠快眠熟睡を手助けする! だから、大船に乗ったつもりで任せろ! 白取!」
「……ああ……よろしく。横木くん」
白取は微笑を浮かべ、俺の手を取った。
白取の症状が悪化した。それでも、俺は諦めない。
必ず白取小鳥を不眠の悪魔から助け出す。なぜなら俺は、白取小鳥が好きだから。
好きな女の子が困ってたら助けるもんだろ?
知らんけど。
※あとがき
第1章が終わりました。こうして2人は保健室でいちゃらぶ添い寝をしていくわけですね分かります。(゚∀゚)アヒャ
私は添い寝がとても好きです。なぜなら好きだからです。(?)
本作は全4章を予定しております。
ぜひ最後までお付き合いしていただけると幸いです。
もしよろしければ☆彡など、評価いただけましたら大変励みになります。
それでは次回より第2章でお会いいたしましょう。
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