第8話 一緒に寝ることになったけど?

「先日、ボクがあやまって君が寝ていたベッドで寝てしまったことは覚えているかい?」

「忘れるはずがない。今でも鮮明に思い出せる」

「ごめん。言ったのはボクなんだけど、そこまで覚えてなくていいよ? というか、忘れて欲しい。恥ずかしいからね」

「分かった。忘れた!」

「そ、そうかい? とにかく、先日のことなんだけど」

「なんの話?」

「ここまでの話を全部忘れちゃった……?」

「ここはどこ? 俺は誰?」

「自分のことまで忘れちゃった」


 閑話休題。


「実はボク、君と一緒に寝ていた時……熟睡できていたんだ」

「それってつまり、俺と寝ると……熟睡できるってことか!」

「うん、今ボク言ったよ?」


 なるほどなるほど。


「それでなんだけど」


 白取がもじもじし出す。


「もじもじ」


 口でも言っていた。


「よかったら……ボクと一緒に寝て欲しんだ。今から」

「え」

「だ、ダメかな?」

「むしろ、いいんですか!?」

「え」


 しまった。食い気味に聞いちゃった。


「い、いやぁ……ほら、男と同じベッドで寝るってことだろ? し、白取的にはいいのかなぁーと」

「……眠りたいんだ」


 切実な願いだった。

 睡眠欲はそもそも三大欲求の1つ。その欲求は解消されず溜れば溜るほど、大きくなっていく。


――眠りたい。


 彼女がその一心で、俺と一緒に寝ることを提案していることは表情から伺えた。なら、俺の答えは決まっている。


「分かった。協力する」

「ほ、本当かい?」

「もちろん」


 そのために、俺はここにいる。


「そ、それじゃあ……」


 白取は横にずれて1人分のスペースを確保する。そして、そこへ俺を誘うようにぽんぽんと手で叩く。


「……」


 これはいわば医療行為みたいなもんだ。けっして邪な想いでやるべきではない。分かっている。が、さすがに緊張してきた。


「失礼します……」


 俺は言って、いそいそと白取の隣に潜り込む。

 ベッドはいつもの慣れ親しんだ保健室のもの。だが、隣に誰かがいるというだけで、こんなにも変わるのかと俺は天井を眺めがら考える。


「あ、あはは……自分で提案しておいてなんだけど、前回と違って今は意識がはっきりしているからかな? さすがに緊張して、眠れそうにないや」

「……」

「君も同じだったりするかな?」


 同じく俺もである。


「あれ?」

「……」

「横木くん?」

「んー……? なんだー……?」

「ん?」


 あーなんだかだんだんと気持ちよく……なってきたなぁ……。


「ちょっと……横木くん? うとうとしてない?」

「してないよー」

「なんか語尾が眠そうだよ?」

「うとうと」

「口でも言ってるし! 絶対うとうとしてるよね!?」

「Zzz」

「あるうぇ~?????」


 備考。

 俺の特技は、いつでもどこでも寝られることである。


「はっ!?」


 あぶねぇ! マジで寝るところだった!


「いいなぁ……ボクも寝たいなぁ……」

「ごめんごめんごめん、1人だけ寝そうになって! ちゃんと協力するから!」


 とは言っても……。


「今はどうだ? 眠れそうか?」

「さすがにちょっと……」


 白取は眠気がないようす。そうだろうなぁ。


「君はどうしてそんなにすぐ眠れるだい?」

「え? なんか……分かんない」

「……」

「むしろ、なんで寝れないの?」

「……ぐすん」


 泣かせてしまった。


「ボクだって好きで眠れないわけじゃ」

「本当にごめんなさい」


 どうやら俺はデリカシーがないらしい。気を付けよう。


「ええっと、俺は眠れなくなったことないからさ。正直、どうすればいいのか分からないんだが」


 だが、これでも一応は睡眠のプロ(自称)だ。手立てがないわけではない。


「睡眠導入の定番といえば、やっぱり子守唄だ」

「子守唄……?」

「そもそも、音というのは睡眠に深くかかわる重要な要素なんだ。世の中には、完全な無音状態よりも、雑音がある方が眠りやすいって人がいるくらいだ」

「そ、そうなのかい?」

「もちろん、音の種類にもよるんだけどな。たとえば、人の声は覚醒を促すらしい。つまり、こうやって喋っている間は、一生眠れない」

「はっ!?」


 白取は両手で自分の口を押える。とても素直だなぁと思った。


「逆に雨の音とか、川の流れる音など。自然の音は、安眠快眠によいとされている」

「そうなんだ……知らなかった。あれ? じゃあ、子守唄はどうなんだい? 人の声が入るのはよくないんだろう?」

「ああ、間違ってない。けど、入眠時に限った話をするなら話は別だ。好きな曲とか、リラックスできる曲を聴くことは、睡眠効率を上昇させるんだとか」

「聴きながら寝るというより、聴いてから寝る……ということかい?」

「そういうわけだな。というわけで、任せろ。俺は子守唄に詳しい!」

「そ、そうなんだ」

「よし、じゃあ目を閉じてくれ。俺の歌声を披露しようじゃないか」


 で――。


「……」

「ご、ごめんね……? ふふ……わ、笑っちゃいけないのは分かってるんだけど……ふふ……」


 結果は失敗である。

 理由は俺。


「俺、音痴だったんだ」


 知らなかった。

 今までなにも言われたことなかったのに。


「気を遣われていたんじゃないかな……」


 じゃあ、みんな内心では俺のこと「音痴じゃん」って思いながら、音楽の授業で歌ってるのを聴いていたったことか?


「恥ずかしい」

「ふふ……あ、いや、本当にごめんね?」


 まあ、でも白取の笑顔が間近で見れたし、別にいいか。


「ん?」


 いや、よくないわ。


「白取さん白取さん」

「なにかな?」

「眠気は?」

「ないなった」


 白取の眠気、ないなった。

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