第7話 嘘はつきたくないけど?

「どうして白取が倒れたのか分かったんですか?」


 保健室へ向かう道すがら烏丸先生に尋ねた。


「端的に言うと寝不足よ」

「寝不足」

「我々とは無縁なものね」

「まあ、安眠快眠は基本ですからね」


 そのために寝具はこだわっているし、睡眠の質を向上させるために食べ物も気を遣っている。


 毎日の快眠は、規則正しい生活習慣によって成るのである。というのが俺の考え方だ。


「彼女のはおそらく精神的なもの……といっても、なにが原因かは分からないけれど。もしかすると、君が解決のキーになるかもしれないわね」

「え?」


 はて、どういうことだろうか?


 そんなこんなで保健室に到着すると、さっそくベッドで体を起こしている白取が目に入った。


「おお……大丈夫……か?」


 どう接すればいいか分からず、声が上擦る。きもいとか思われてないだろうか。大丈夫だろうか。

 俺の心配を他所に、白取は俺を見ると柔らかな笑みを浮かべた。


「おかげさまで。すまない、わざわざここまで来てもらって。君が助けてくれたと聞いたから、お礼を言いたかったんだ。本来、ボクから君のもとへ向かうのが礼儀だと思うんだけれど……先生がダメだって」


 ああ、だから俺が呼ばれたのか。納得。


「病人なんだから当たり前だ。安静にしてないと」

「大丈夫さ! たんなる寝不足だからね。最近、ちょっと徹夜続きだったから……いやぁ、体調管理もできないとは情けないところをみんなに見せてしまった」

「……」


 空元気だ。顔色は悪いまま。倒れるほどの寝不足なんて普通じゃない。

 ふと、先ほど烏丸先生が話していたことが脳裏をよぎる。たしか、精神的なものだという話だった。


「……もうずっと前から顔色が悪かった。寝不足は最近の話じゃないんだろう?」

「え?」


 しまった。これじゃあ「いつも君を見ているよ」と言っているのと一緒だ。

 さすがにきもいか? ええい! ままよ!


「お、俺にできることがあるかもしれない! お、俺はこう見えて睡眠のプロなんだ! いつでもどこでもどんな状況でも、すぐに眠ることができるのが俺の特技!」

「す、すごい特技だね……?」

「のび〇くんみたいってよく言われてる!」

「そうなんだ……?」


 そうなんです。


 白取は両手の指の腹を合わせると、人差し指だけこすり合わせてもじもじとする。


「もじもじ」


 口でも言っていた。


 ちょっと踏み込みすぎ? たいして仲良くないやつに、こんなこと言われても迷惑なだけ?


 そうだよな……俺、きもいよな……。


「あ、あーやっぱりあの……気にしないでくれ! 仲良くないやつにこんなこと言われてもって感じだったよな! あはははは……」

「あ、いや……き、君さえよければ……相談に乗ってもらえるかな……?」

「え?」


 マジで?


「これは誰にも話してないんけど、ボクは今あることに悩んでいてね」

「お、おう」

「実はボク……不眠症なんだ」

「ふみんしょう……?」


 はて、なんだろう。


「もうずっと眠れていないんだ。眠すぎて、気絶するように眠れることもあるんだけどね。それでも30分くらいすると目が覚めちゃうんだ」


 あ、不眠症って眠れない病気のことか。眠れなくなることがなかったから分からなかった。


「ただ、もしかすると……君の助けがあれば、ボクは眠ることができるかもしれないんだ」

「きょ、協力する!」

「い、いいのかい? そんな即答で」

「あ、えっと……まあ」

「どうしてそこまで……? 君がさっき言ったように、ボクと君はほとんど交流がないだろう? それこそ、先日保健室でのこと………とか」


 言いながら白取が顔を赤くした。思い出して恥ずかしくなったのだろうか。というか、俺もなんだか体が熱くなってきた。あれはとてもよい体験でした。まる。


「そ、それから……! 木から降りられなくなった君を助けた時……だったかな」

「――」

「ほとんど接点がないのに、どうして君はボクに協力を?」

「だからだよ」

「え?」

「俺は白取小鳩と接点を持ちたいんだ」


 まさかあの時のこと覚えてるとは思わなかった。彼女にとって、俺なんて数いるその他大勢のうちの1人。ゲームでいうモブキャラ。彼女の人生の中で、俺とのイベントが1つでもあれば超ラッキー。


 そういう関係なんだから。でも、そんな俺のことを覚えていてくれた。それだけで、白取小鳩という人間を好きになってよかったと思えるんだ。


 だから――。


「みんなの白取さんと仲良くできるチャンスなんだ。そりゃあ是が非でも協力したいさ」

「……」


 それが俺の嘘偽りのない本音。


「困ってる人は見過ごせないとか、かっこいいことが言えたらよかったんだけどな」


 嘘はつきたくなかった。


「ふふ、君は十分かっこいいよ?」

「お、俺が?」

「それに十分お人好しだよ。高いところが苦手なのに、猫を助けようと木に登って降りられなくなったんだから」


 白取はくすっと笑う。


「忘れてくれ……」


 俺の黒歴史なんだ。


「それじゃあ、君と接点を作っちゃおうかな……?」

「お、おう! 任せろ!」


 どんなことでも俺は協力する!

 だって、白取小鳩が好きなのだから!

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