第5話 そんなこと言ってる場合じゃないけど?
「え? 白取さんのようす?」
思いついたが吉日。俺は先日お説教してくれたSFCの女子に、それとなく白取の体調について尋ねてみた。
「ほら、ちょっと顔色が悪そうだとか。足取りがおぼつかないとか」
「いや、特にそういうのは感じなかったけど」
「そんなはずは……たしかに分かりにくいかもしれないけど、普段より3%ほど顔色が悪いはずなんだ」
「きもっ」
引かれてしまった。俺もそう思う。
だが、これで分かった。SFCに限らず、白取の体調について気づいている人間が周りにいない。それは白取自身が隠そうとしているからだと思う。
だとしたら、SFCの誰かに聞いてもらっても意味はないかも。
「せめて、なにかあった時に力を貸せるようにしておきたいな」
人がダメなら手紙を使おう。
もし、困っていることがあったら相談してね♡
みたいな感じの。
「……」
控えめに言ってきもい気がする。
そもそも、急に手紙で「最近体調悪そうだけど大丈夫?」とか知らんやつに指摘されたところで、「この人を頼ろう」とかならんよなぁ。
「というわけで、どうしたらいいと思います?」
「どうでもいいわ、そんなこと」
万策尽きた俺は保健室で烏丸先生に相談していた。
「もういいじゃない手紙で。直接言っても、手紙を使っても、横木泊が白取小鳩にとって赤の他人なことに変わりはないじゃない。同じゼロなんだから、どっちの選択肢でも同じことよ」
烏丸先生はアイマスクをしたまま座っている椅子の背もたれに体を預け、天井を仰ぎながら答える。
「1回手紙を出してみようとは思ったんですよ? 連絡先を書いた手紙を。連絡してねって1文を添えて」
「ナンパ師かしら……」
「白取の下足ロッカーを開けるのは、ラブレターを出すみたいで緊張しました」
「どうでもいいわよ、本当に」
「で、ロッカー開けたら大量のラブレターが中から溢れてきたんですよね」
あれじゃあ手紙を出したところで山の中に埋もれるだけだ。
「というわけで、手紙作戦も白紙になりました」
「あっそ」
「先生、なんとかなりませんかね? 俺、白取のことが心配で」
「……ふむ、まあたしかに気にかかるわね」
先ほどまで興味がなさそうだった烏丸先生は、初めてアイマスクを外しながら前かがみになって俺と目を合わせる。
「先生も心配なんですか?」
「先日、ここに来た時ちらっと見て……体調が悪そうだったから」
「先生もそう思いましたか」
「一時的なものかとも思ったけれど、廊下で見かけた時に悪化していたわ」
やはり、俺の見立ては間違っていなかったようだ。
「なんで他の人たちは気づかないんですかね」
「専門家の私が見て、気づくレベルだということよ。むしろ、横木泊がおかしいのよ」
「……」
なんだか俺のきもさに拍車がかかった気がする。
「それに彼女は演技の天才よ。体調不良を隠して取り繕うなんて、造作もないのでしょうね」
「……」
彼女は板の上で活躍する舞台女優――その身長180センチという長身で男役を演じ、多くのファンを虜にしている天才。そんな風に雑誌で取りあげられたことがある。
所属の劇団も超大手。世界的に有名な白取小鷺(こさぎ)――俗に言うスーパースターが所属している。苗字で分かるが、白取小鷺は白取小鳩の母親だとか。
つまり、親子揃って役者として超一流というわけだ。
「そんな彼女が取り繕うこともできなくなっている」
「じゃあ、そうとう体調が悪い……? なにか重い病気とか……?」
「それなら学校に連絡があるでしょう」
「では、なんですかね?」
「さあ? それを本人に確認するんでしょう?」
「というと?」
「私も白取小鳩が心配だから、私が呼んでいると伝えにいってちょうだい」
「!」
なるほど!
烏丸先生が呼んでいるという大義名分があれば、俺は白取に近づける!
「第一声は……どうしよう……こんにちは? これだとつまらない男って思われますかね?」
「はよいけ」
そんなこんな俺は白取のクラスまでスキップしながら向かい――。
「きゃああぁあ!?」
悲鳴と一緒に飛び込んできた光景を目の当たりにし、背筋が凍り付いた。
「……」
白取小鳩が倒れていた。
たくさんの人だかりの中心で、廊下の真ん中で。
「し、しらとり……さっ……」
「あわ……あわあわ……」
ダメだ。
突然のことで周りの連中があわあわと言いながらあわあわしている。
「ちょ、ちょっと失礼……!」
俺は人混みをかき分けて白取の側に寄る。
「あ、ちょ…き、気安く白取さんに近づいちゃ……」
「そんなこと言ってる場合か!」
SFCの生徒に止められそうになったが一喝して道を開けさせる。
いかんいかん……周りはパニック状態だ。ここは俺が冷静にならなければ……!
「ししししししししししし、白取!? 大丈夫か!?」
無理だった。
俺もパニックである。
と、そこへ――。
「おーおー? どうしたどうしたー?」
呑気な顔をした宇田川が現れた。
「宇田川……! 白取が倒れたんだ!」
「お、マジか?」
「どうすりゃいい!」
「とりあえず、横木は保健室つれてけ! 俺は先生に言ってくるわ!」
「悪い! 助かる!」
俺は白取を抱きかかえながら、心の中で再度宇田川に感謝する。
宇田川は元々野球部に所属していたこともあって、こういう不測の事態への対処に慣れているらしい。
「熱中症で倒れたりとか、ボールが頭に当たって倒れたりとか、なんかよく分からないけど倒れたりとか、いろいろあるからなぁー」
と、死んだ魚の目をして言っていた。
こういう時の宇田川は本当に助かる。
そうして、俺はなんとか白取を保健室まで運び――。
「烏丸先生! 白取が廊下で倒れてました!」
「ふむ……簡潔な説明どうも……あとは私に任せておきなさい」
「はい!」
白取を烏丸先生に預け、大人しく保健室から退散した。
ド素人が同じ空間にいても邪魔なだけだからな。
「……」
それは分かっているのだが、どうにも保健室のドアに張り付いてしまうな……!
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