見てるだけ

洞貝 渉

見てるだけ

 冴えない顔の営業が、やたらとハイテンションな若者を連れだってやって来た。

 撮っていいですか、現場はここですか、今まで何人くらい入退去繰り返してる感じですか。ああどうぞ、はあまあそうですが、さあよくは知りませんが。

 

 心理的瑕疵物件、告知事項あり。


 通常なら皆が避ける情報を得て、逆に小躍りしながら寄ってくる類の人間がいる。

 例えばこの若者だ。


 写真で撮ったら写ったりするんですか、この部屋オーブとか飛びまくってる感じなんですか、それとも金縛りとかそっち系な感じですか。はあ写真で撮ったら撮ったものが写りますねえ、オーブってなんですか花粉やハウスダストのことですか、金縛りとかそっち系ってどっち系で何の話をしているのですかね。


 ミーハーというかなんというか。

 うきうきとした様子を隠しもしない。お化け屋敷にでも来たつもりなのだろうか。

 営業はそんな若者の様子にうんざりとした表情を取り繕うこともしない。住宅の内見案内に来たものの、この若者には契約してここに住むつもりなど毛頭ないのだろう。営業もそれはわかっていながら、内見の希望があれば仕事なので仕方がなく、といった感じである。


 酷い有様ではあるものの、この悪趣味な好奇心の塊である若者は、まだいい方ではあるのだ。

 前回来た内見希望者は入って来るなり悲鳴を上げ、感じる居ます私そうゆうのわかるんですうと明後日の方角を指さして、あれはマジでヤバいですヤバいのが居ますヤバいですうと、喚くだけ喚いて帰って行った。

 その前に来たのは神経質そうな年寄りで、やれ築年数が古いだの風呂が小さいだの部屋全体がみすぼらしいだの、この家賃なら相応以上だろうに思いつくまま文句を並べ立てて小一時間も営業をサンドバックにしていた。


 それもこれも、営業にとってしてみれば仕事なのだから、逃げることもできない。

 大変だよな、本当に。しみじみとした心地で営業に同情の眼差しを向けていると、営業が殺意のこもった目で見返してきた。

 誰のせいだと思ってやがる、お前のせいだろうが。

 そんな言葉を顔に張りつける営業に、そんなこと言われてもな、と困惑してしまう。


 俺は何もしていない。

 ただ、ここにいるだけ。見てるだけ。

 営業の苦労を、そして次の入居者の生活を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見てるだけ 洞貝 渉 @horagai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ