第8話──4日目 後半──

 気付けば七歳の誕生日も過ぎていて、この年の浅葱さんへの誕生日プレゼントは色鉛筆だった。それも、24色の。俺への浅葱さんからの誕生日プレゼントは、やはりアニメのキャラクターのイラストだった。とはいえ、かなり上達している。小学一年生の俺が浅葱さんに、学校のみんなに絵を見せたと話している。浅葱さんは恥ずかしそうに俯きながら、今度は別のキャラを描くね、と言っている。穏やかな日々の一部だった。

 二年生、三年生、と年を重ねると、お見舞の回数も増えた。確かこの頃から少額だがお小遣いをもらうようになったから、比較的気軽にバスに乗れるようになったのもあるかもしれない。

 ある日、浅葱さんの目の前に、見覚えしかない漫画雑誌が置かれる。


「浅葱、このページのを読んでみてよ!面白いから。」

「なになに……ロボットのカードゲーム……?」

「うん、カードゲームで世界を救うロボット犬の漫画!面白かったら言って、来月も持ってくるから!」

「ありがとう、悠祐くん!」


 どうやら浅葱さんのお気に召したようで、毎月俺はその漫画雑誌を持ってくるようになった。といっても2冊買う余裕などないため、俺が読んだ後のものをそのまま渡しているだけなのだが。浅葱さんの調子が悪い日は会わずに、看護師さんに手紙と漫画雑誌を預けて帰るようにしているらしく、会っていない日もあった。そんな日は浅葱さんが悲しみを主体とした影に襲われてしまっていた。もちろん、手を伸ばされる前に、全部粉々にした。

 しかし、俺が負った致命傷はじわじわと俺を蝕んでいた。冷たい箇所がだんだんと広がっている。


(このままでは、全身が冷たくなってしまう……)


 その前になんとかしたい、と焦りも出てくる。でも、焦りはなにも生み出さないことはロボコンの試合の経験からよく知っている。深呼吸をして焦りを振り払いながら、俺は記憶の世界での今日も、過去の闇から浅葱さんを守るべく周囲を見張り続ける。

 いつしか、過去の俺と浅葱さんは家族ぐるみのお付き合いをするようになっていた。浅葱さんの二つ上のお姉さんの縹さんはおしとやかな大和撫子みたいな感じの方だ。最初は緊張していた俺の両親も、次第に浅葱さんのお父さんと打ち解けて、情報交換をしたりするようになっていた。

 ところで、浅葱さんのお母さんはいらっしゃらないのだろうか……。今までで一回しか見たことがないのだけれど。まあ、俺が首を突っ込んで気にすることでもないから……


「なぁなぁ浅葱、浅葱のお母さんはいないのか?」


 俺、馬鹿か?


「私のお母さん、分からないの。小さい頃はいたけど、いつの間にかいなくなっちゃった。でも、お父さんとお姉ちゃんと悠祐くんと悠祐くんのお父さんとお母さんがいるから寂しくないよ!」


 浅葱さんのその笑顔は本物だろう。当時の俺も納得している。しかし、心底の感情は誤魔化せないらしい。今までで一番濃くはっきりとした影が一体、俺の前に現れた。


(強そうだ。)


 その予感は的中することになる。操作感が、とても重量のあるロボットの感覚に近い。なかなか思うように動いてくれない。こちらの操作は鈍いくせに、影の動きは素早い。しかし、動かしながら気が付いた。この影は、何故か俺を狙っている、イレギュラーな影だ。ということは……


「俺は、このガキと同一人物だ!」


 影に向かって叫んでみる。すると、影は一直線に俺に向かってきて、俺と融合してしまった。どろどろと重いものが俺の全身の中にある。正直、気持ち悪い。しかし、いいこともあった。その後に出現した薄い影が相手なら物理攻撃が使えるようになったのだ。何故だかはよく分からないが、きっと影と融合したからだろう。心臓は依然として冷たいが、きっともう少しの辛抱に違いない。だって、ファンタジー小説でも、主人公が強化されるのは物語の終盤なのだから。


 小学五年生の秋、共通で好きだった漫画が完結した。浅葱さんは他の漫画にはあまり興味がなかったようで、いつの間にか漫画雑誌を持っていく習慣はなくなった。その年の冬、浅葱さんは風邪を拗らせて危険な状態にまでなってしまった。俺は、アンコール掲載のその漫画のページに手紙を挟んで、看護師さんに預けていた。

 浅葱さんが朦朧とする意識の中で、アンコール掲載された漫画雑誌を捲っては楽しそうに笑っている。そこに挟まれていた手紙は、


『浅葱!がんばれよ!元気になったら一緒に展示会行こうな!』


 だった。勿論、その夢が叶うことはなかった。でも俺は、展示会で販売されたグッズをお見舞のときにお土産として持ってきていた。お揃いのメラミンコップ。あれ、これ、まだ俺の家にあるぞ。浅葱さんはとても喜んでくれて、お気に入りの紅茶をよくそれで飲んでいた。


 小学六年生、この一年間は俺は学校行事や中学校に上がる準備なんかで忙しかったらしい。忙しかったのは浅葱さんも一緒のようで、会う回数は少なかったが、影が出る回数は少なかった。ただ、ふとした瞬間に感じる寂しさは強いものだったようで。 濃いめの影が出てきていた。

 葉桜学園で冬に行われた中学校のクラス分けの試験で、浅葱さんは見事トップクラスの成績を取り、俺の家族を含め、みんなでお祝いをした。


 暗転。

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