第6話──3日目 後半──
夜、消灯時間。幼い浅葱さんもすやすやと静かな寝息を立てている。ほっと一息つくと、浅葱さんの体がかすかに発光し始めた。
「え?!浅葱さん?!」
俺が駆け寄っても何もできない。
「か、看護師さん!!!!!」
暗転。
『大丈夫だ、悠祐。言いそびれていたが、さっきのは、過去の光を守れた証拠だ。全ての過去の光を守れたら浅葱は戻って来る。全部でいくつあるかは分からないが……ここからは、光が強い分過去の闇も強くなるから気を付けろ。』
ザクロさんが次の記憶までの道案内をしてくださった。そっか、さっきの発光が過去の光なのか。
『次の記憶だ。衝撃に備えろ、悠祐。』
ベシッ
頬を殴られたような衝撃と共に、視界が晴れる。そこにいたのは、少し成長した浅葱さんだ。
(それでもやっぱり、となりのベッドの子より小柄だなぁ……)
この頃から小柄だったのか、と知って、なにとなく悲しさを抱く。
「まあ、でも、成長曲線は人それぞれって言うし。」
うんうん、と頷いて自分で納得すると、再び影に備えて気を張った。
「浅葱ちゃん、今日からお部屋の外に出ていいよ。」
看護師さんが浅葱さんに話しかけている。え、部屋の外?!外もあるの?この記憶の世界!
案の定と言うべきか、浅葱さんは点滴を連れながら喜んで部屋から出ていく。
(待って待って、影が潜む場所が増えるんじゃ……)
そっと浅葱さんの後ろをついていく。もちろん、後方にも気を配っている。いつどこからどんな形で影が出現するか分からないからだ。とはいえ、浅葱さんは今は落ち着いているから部屋の外に出られているわけで。それを考えたら、影の数も少ないんじゃないかと思ったりした。
(いやいや、気を抜くのは厳禁! )
ぺしぺしと自分の頬を叩いて、警戒体制に戻る。その頃には浅葱さんは小児病棟のプレイルーム、他病棟では談話室に該当するであろう場所に到着していた。
「あ!あさぎちゃん!」
どうやら病棟内に仲のいい子もいるようで。数人で丸いローテーブルを囲んで絵を描き始めた。
プレイルームには保育士さんのような方が2人、交代で常駐しているようで子供たちの安全を見守っている。これなら安心なのでは……と思った矢先、保育士さんの一人から影が飛び出してきた。
「はぁっ!?」
瞬発力は昨日のうちに身に付いた。すぐに崩れた影から感じたのは、嫉妬だった。
(浅葱さんの感情じゃないのに……?)
明らかに、それは大人が持つ感情だった。もしかしたら、浅葱さんが他人から受け取った感情も過去の闇、影に含まれるのかもしれない。等と考えながら周囲を見張る。
「あ!わたし、そろそろ、おかあさんがくるじかん!」
絵を描いているうちの一人が嬉しそうに声を上げた。またね~と手を振りあって、その子は去っていく。
いいな
いいな
いいな
いいな
いいな
いいな
いいな
いいな
いいな
いいな
いいな
浅葱さんを大量の影が襲う。やはり、寂しいみたいだ。その中に紛れて、大人からの嫉妬心の影もある。何故浅葱さんに嫉妬するかは分からないが、理由はともかく子供に嫉妬など、ただの醜態のようにしか見えない。
「浅葱ちゃん、お父さんが来たよ!」
看護師さんが浅葱さんを呼びに来る。浅葱さんの笑顔がぱあっと晴れやかなものに変化する。
「おとうさん!!!!!」
俺は、浅葱さんのお父さんの姿を見て、大人の嫉妬の影が時々出現する理由が分かった気がした。
「浅葱、調子はどうかい?」
浅葱さんのお父さん。その人は、千堂織布の社長さんだったのだ。俺がテレビで見たことのある姿より幾分か若いが、顔の感じは変わっていない。
(社長令嬢かよ……)
そもそも、千堂という姓の時点で察する人だっているはずだ。千堂という姓はそう多くはなかったはずだから。
俺の鈍感さを身に沁みて実感したところで、影が大量発生した。保育士さん2人から発せられる嫉妬心、僻み。その全てを浅葱さんと浅葱さんのお父さんから遠ざけて、全てを粉々にした。
千堂織布という会社は、今の日本の布のトップシェアを誇る大企業で、織布に留まらずアパレルブランドを3つ程展開しているとかいう、ものすごい会社だ。織布と社名にあるので布を織るだけの会社だと思う人もいるらしいが、千堂織布は紡績から自社工場でやっているらしい。だから品質が高い布が織れるのだとか。俺は、小学校六年生のときに社会見学で千堂織布の工場の見学をさせてもらった。機械で布が織られていく様子は、今も心に残っている。
「おとうさん、おにわにいこ!」
「ああ、このところ散歩もできていなかったからな。」
浅葱さんと浅葱さんのお父さんは、ナースステーションで院内外出の手続きをすると、中庭に出発した。
中庭は小児病棟の子供たちが保護者さんと遊ぶのにうってつけな場所になっており、大きな木が子供たちを守るかのように木陰を作っている。ベンチでは、他の病棟の患者さんが子供たちが遊ぶ様子を見て和んでいる。中庭といってもそこそこの広さの公園くらいはあって、スプリング遊具が四つ設置されている。
浅葱さんは点滴を連れているので駆け回れないが、それでも、ぴょんぴょんと跳ねて楽しそうにしている。俺は、2人の会話をあまり聞かないようにしつつ、影が潜んでいないか周囲の監視を続けた。
子供が多い場所だったからなのか、周囲の嫉妬心が襲ってくることはなかったし、お父さんと一緒にいる浅葱さんは負の感情を抱くこともなく楽しそうにしていた。別れ際にかなりの影が襲ってきて意外と苦労したけれど、またねと手を振った浅葱さんの体は、淡く発光していた。
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