第5話──3日目 前半──
「それじゃあ、行ってきます。」
「行ってきまーす……」
今日も、ルリさんとザクロさんのテンションは昨日と一緒だ。ルリさんは俺に目配せをすると、微笑んだ。きっと、昨日の約束について、念を押されているのだろう。
ルリさんが扉を開けると、そこには
「白羽軍だ。迷い魂を迎えに上がった。」
白羽軍が、いた。
「浅葱っ、悠祐っ、逃げろ!」
ザクロさんのテンションが一気に緊急モードみたいなものになる。俺は、本能で命の危険を感じると、浅葱さんの手を引いて家の奥に向かって逃げ出した。
しかし。
「そこまでだ。」
俺の運動能力と筋力の無さをここまで恨むことになるとは思わなかった。そう、即刻追い付かれたのだ。ルリさんとザクロさんは白い槍のようなものに貫かれ、床に縫い留められている。
「悠祐くんに手を出したら、私は怨霊になるわ!」
浅葱さんが俺を少しでも逃がそうと、白羽軍の男たちの前に立ちはだかろうとする。俺はどうしたらいいか分からずに浅葱さんの手を強く引く。
「心配はいらない。もとより、我々の目的はお前だ。」
「えっ?」
「は?」
一瞬だった。光と闇が混ざったような色の大量の棘が浅葱さんを貫通し、壁に刺さる。
「うぅ…………」
「浅葱さん?!」
血は出ていない。けれど、浅葱さんは苦しそうにぐったりとその場に倒れてしまった。
「任務完了。」
「山野悠祐。お前は、妹の存在を忘れた非情者だ。そんなお前が千堂浅葱を救うことはないだろう。」
白羽軍の男たちはその場ですっと姿を消した。
「悠祐!浅葱を部屋まで運ぶわよ!」
白羽軍の男たちが姿を消したからか、ルリさんとザクロさんを床に縫い留めていた槍は消え、ルリさんとザクロさんがこちらに走ってきた。
「ルリさん、ザクロさん!大丈夫ですか?!」
「私たちの魂は完全寿命制だから大丈夫よ!それよりも、浅葱!急ぐわよ、悠祐!」
悪魔の制服が血で染まり、溢れて床に伝っているが、それを気にしている暇など無さそうだ。
俺は、浅葱さんをなんとか抱えて四階の浅葱さんの部屋まで運んだ。
「軽い……。まるで、魂が抜けたかのよう……」
「そうよ、その通りなの。浅葱の魂は今幻想世界とあの世の境目にいる。急いで引き戻さないと、浅葱は消えてしまうわ。」
「消える……?!」
「それにな、厄介なんだ。幻想世界の住人が白羽軍に連れ去られると、現世や幻想世界の住人は、その人の記憶を抹消されてしまう。」
「抹消……?!」
恐ろしい台詞を聞いて、俺は戦々恐々とする。浅葱さんをベッドに下ろして布団をかける。さっきより、顔色がかなり悪い。
「悠祐。」
「はい……」
「浅葱の記憶の世界に入ってくれるか?道は俺らが整える。浅葱は今記憶の世界で闇に飲み込まれないように頑張っている。その手助けをしてほしい。」
「記憶の世界に……?そんなことができるんですか?!」
「これは、契約者とその契約悪魔との間だけにできることなんだ。でもな、俺ができるのは道を整えるだけ。別の悪魔以外の存在が、助けてやらないといけないんだ。」
ザクロさんが自分の血で床に魔法陣のようなものを書きながら言う。
「悠祐、頼んだ。」
「頼んだわよ、悠祐。」
「分かりました。必ずや、浅葱さんを連れて帰って来ます。」
ザクロさんが用意した魔法陣の上に横たわると、ザクロさんは俺の頭上に手を翳した。
「今こそ悪魔の力を解放するとき!我は千堂浅葱の契約悪魔ザクロ!契約悪魔の力を以て、山野悠祐を千堂浅葱の記憶の世界へ!道よ、月明かりに照らされろ!」
詠唱が終わると、俺の視界は暗転した。
『聞こえるか、悠祐。』
「ザクロさん?」
『ああ、今俺は道案内の役割で話しかけている。道案内が終われば、お前が浅葱を連れて帰ってくるまで話すことができなくなる。今のうちに言っておく。よく聞いてくれ。』
「はい。」
『今浅葱の記憶を少し覗いたんだが、過去の闇に飲み込まれそうになっている。この場合悠祐がやることは、襲いかかる過去の闇を倒して、浅葱の記憶の光を守ることだ。』
「分かりました。」
『そろそろ道案内が終わる……衝撃に備えろ、悠祐。』
ドシッ
しりもちをついたようにして、落下したような感覚がした。目の前に、浅葱さんがいる。それも幼少期の。しかし、浅葱さんに俺の姿は見えていないらしい。まあ、好都合。俺の姿が見えていたら、驚かれるところだった。その場合の釈明の語彙力を、俺は持ち合わせていない。
「ふえぇ……ふえぇ……」
浅葱さんが声を抑えて泣いている。過去の闇、だろうか。黒い影が、浅葱さんに手を伸ばしていた。
「駄目だ!浅葱さんに手を出すな!」
しかし、影は俺もすり抜けてしまう。しまった、戦い方を教えてもらっていない。
(いや、きっと、)
これは直感を信じなくてはいけない戦いなんだろう。直感が、そう告げた。
「あっち行け!」
俺は、ロボットを操作するようなイメージで、コントローラのスイッチを傾けるように、親指を動かしてみた。
『ギギギギギ………………』
影は、壁に勢いよくぶつかって、粉々に崩れた。
(なるほど、これが俺の戦い方か。)
ファンタジーのように剣や杖を振るう必要はなかった。ロボット操作と一緒なら好都合。俺の得意な戦い方だ。
「浅葱ちゃん、おはようございます。昨日は眠れましたか?」
影が粉々に崩れたところで、看護師さんが来た。どうやら、検温に来たらしい。
「…………」
浅葱さんは泣き顔のまま俯く。看護師さんは浅葱さんの頭を撫でながら、目線を合わせて話しかけていた。
「昨日はお姉ちゃんもお父さんもお母さんも来られなかったからね……。寂しかったよね……」
幼い浅葱さんは堰を切ったように、声を抑えずに泣き出した。
(こんなに幼い頃から……)
しかし、感傷に浸っている暇などない。浅葱さん目掛けて過去の闇が何体も手を伸ばす。寂しい、痛い、悲しい、苦しい……。どれも、浅葱さんの感情だった。
「浅葱さん、大丈夫だから!俺が必ずや助けるから!」
一体一体、影を崩していく。何度これを繰り返しただろうか。
(……俺の方が、負の感情に飲まれてしまいそうだ。)
しかし、弱音を吐いている暇もない。それ程多い影は、浅葱さんが常につらい思いをしていたのだという証拠だった。
(なんで、こんな……)
こんな幼い子に、こんな運命を……
「それって、あんまりじゃないか!」
前に本で読んだ『神様は乗り越えられない試練は与えない』など、嘘に違いない、と思った。仮に浅葱さんがこの試練を全て乗り越えたとして、それでも幼い心はきっと傷だらけになってしまうのに。
「それで乗り越えたことになるのかよ?!」
憤りに近い感情が全身を包む。過去の闇を、影を、崩していく度にそれはいっそう強くなっていく。
「……えへへ…」
浅葱さんがかすかに笑った。途端に、過去の闇が出現しなくなった。見やると、浅葱さんは家族に囲まれて、楽しそうにしていた。
(よかった……)
これで、一つ、光を守れたのだろうか。しかし、俺はすぐに違和感を感じた。
(待って、間に合え!)
「あっち行け!潜伏とかするのかよ!」
浅葱さんのお母さんの姿にぴったりと重なるようにして、影が一体潜んでいた。
「そこまでして浅葱さんを襲って、何がしたいんだよ!」
ふと、白羽軍の男の言葉が頭に甦る。
『お前は、妹の存在を忘れた非情者だ。そんなお前が千堂浅葱を救うことはないだろう。』
妹。俺には、山野朝海という妹がいる。でも、幻想世界に来たときの衝撃を受けても、忘れていなかった。それなのに……
「妹の存在を忘れた非情者……?」
一体どういうことなんだろう。仮に非情者だったとしても、俺は浅葱さんを助けたいのに。
(その後の罰は、いくらでも受けるから……)
俺は、気を張って影が来ないか見張り続けた。
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