第4話──2日目 夜──

 なかなか眠れなかった。午後に浅葱さんと話したことが、頭の中で回り続けている。


(そうだ、お茶でも飲もう。)


 ティールームに降りると、先客がいた。


「おう、悠祐か。」

「あら、こんばんは。」


 ルリさんとザクロさんだった。


「こんばんは。ご一緒してもいいですか?」

「ええ、どうぞ。」

「異議なし。どうぞ。」


 俺は、名前はよく分からないけれど好きな味の紅茶を飲みながら、ルリさんとザクロさんに昼間のことを話した。


「……そう。」

「そっか……」


 悪魔猫姉弟2人の表情が翳る。俺は、何か失言でもしたんじゃないかと冷や汗をかきながら、場を取り繕おうと一瞬躍起になったが、すぐにその必要はなくなった。


「まあ、それで眠れなくなるのは、浅葱や悠祐の年頃あるあるだな。」

「そうね。2人とも同い年なんだから、まだまだこれからよ?この先、もっと甘いことももっと苦いことも沢山あるんだから。」


 穏やかな笑みを浮かべた2人にそう言われて、俺は初めて浅葱さんと俺が同い年なことを知った。


「同い年だったんですね……。中学校の制服を着ているから年は近そうだと思っていましたが。」

「あいつ、まだ死んで一年も経ってないからな。確か来月だったかな、祥月命日。」

「そうなんですね……」


 来月といえば、俺の誕生日とロボコンの市大会がある。県大会、そして目指すは全国の舞台のために、まずクリアしなくてはならない最初の舞台だ。


「あれ……そういえば……」


 確か、俺は……


(誰かと、ロボコンの全国の舞台を見せるって、約束したんだよな……)


 相手は、誰だっけ……


「なぁ、悠祐。」


 思考の渦と頭痛に飲み込まれそうな俺の目を覚ましたのは、ザクロさんの呼びかけだった。


「はい、何でしょうか。」

「その、おまえがやってるロボコンってやつ。教えてくれよ。なんか噂じゃ楽しそうじゃん。」


 にぃっと笑ったザクロさんの表情に反して、聞かれたことは一般的な感じの話題だった。


「ロボコンについて、ですか……。語ると、長くなりますが、いいでしょうか。」

「異議なし。」

「どうぞ、夜はまだ長いわ。」


 俺は、部活で主にやっている内容──ロボットの試作を繰り返すこと、大会に向けて練習を繰り返すこと──を話した。今俺が完成品としたロボットは試作品七号で、これから近隣校との練習試合を繰り返す上で微細な改良を加えて、目指すは“ネオ・七号”であることも話した。俺の中学校の大会実績や、顧問の先生のネタ話等も。語りだしたら止まらない。立て板に水だし、水を得た魚のよう。


「へぇ、すごいのね。悠祐の中学校、かなり実績がある方なんじゃない?」

「そうなんです、全国大会常連校の一つで……顧問の先生が変わってもその強さを維持できるのは、先輩方からのご指導のおかげだなと常々思います。

 三年生にならないとはんだ付けを習わないのですが、ロボットを作るにははんだ付けが必要なのでロボコン部に入ったらまずはんだ付けを習うんです。難しいし、火傷の危険もあるし……顧問の先生がいらっしゃる時しかできないのですが、教えるのは先輩方。きっと先輩方が代々教えるのが上手だから、強さが維持できているんだと思います。」


 ロボコンの話をひとしきり話した後、ザクロさんとルリさんが口を開いた。


「その話、明日浅葱にもしてやってくれ。」

「そうね、それがきっと浅葱の一番の支えになるはずだわ。」

「支えに……?なるか分かりませんが、話しますね。」


 ルリさんとザクロさんと約束をすると、俺は部屋に戻る。しかし、やっぱり眠れない。今度の場合は、ロボコンの話をしすぎて気分が昂ってしまったような感じがする。


(そうだなぁ……新しいロボットでも設計するか。ネタ枠で。)


 生徒手帳のメモ欄ページに、新しいロボットの案を書き出して、図を書いていく。これをやっている時間が一番楽しい。


(勝つためじゃなくて……観客が笑うような……)


 今年のテーマは綱引きだ。何か面白い仕掛けで綱を引く感じのロボットにしたい。


(これを作る頃には俺は浅葱さんにはもう会えないだろうけれど……)


 浅葱さんが笑うようなロボットが作れたら、きっと御の字だ。


 何時間経っただろう。机上には消しゴムのカスが小高い山となり、生徒手帳には設計図が完成していた。


(俺の能力じゃ、ここまでが限界かな……)


 自らが転がって綱を引くという設計のロボット。大笑い、とまではいかなくても、動きがかわいかったら笑顔になる人は一人くらいはいそうなものだ。もっと面白い仕掛けのものを作りたかったが、俺はまだ中学二年生。高専生のロボコン部員ならもっとすごいものが作れるんだろうけれど、まだ俺はそこまですごいものを作ることができない。

 とはいえ、かなり拘っている。ロボットが転がるときにコントローラのコードが捻れる懸念も排除することができた。


「よし、寝よう。」


 カーテンの隙間がうっすら明るい。時計を見たら、日付が変わっているどころじゃない時間が経っていた。


「うーん、寝たら朝起きられなさそうだなぁ……。でも徹夜は体に悪いしなぁ……」


 迷っておる間にも時間が経つと思って、俺は寝ることにした。ベッドに潜り込む。頭を使ったからなのか、一気に眠気がやってくる。


(あのロボットの完成形を浅葱さんに見せられたらいいのに……)


 そして、笑顔になってくれる一人が、浅葱さんだといいのに。

 そんなことを考えながら、眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る