怪我をした女性

三鹿ショート

怪我をした女性

 自動車を運転して友人を迎えに行く途中、一人の女性が飛び出してきた。

 咄嗟の行動によって、彼女を轢くことは避けられたものの、念のために自動車の外に出て、彼女に声をかけた。

 その姿を見て、私は驚きを隠すことができなかった。

 何故なら、私が轢いていないにも関わらず、彼女の肉体は傷だらけだったからだ。

 私が立ち尽くしていると、彼女は私の手を握りしめながら、一刻も早くこの場所から自分を連れて離れてほしいと告げてきた。

 彼女に何が起こったのかは不明だが、その形相から、ただ事ではないと考えたために、私は彼女を自動車に乗せた。

 そして、友人が待っている場所とは正反対に向かうために、自動車を運転していった。

 後日、事情を話せば友人は分かってくれるだろうと考えながら、助手席の彼女に対して、然るべき機関へと向かった方が良いかと問うた。

 彼女は身体を震わせながらも首肯を返したために、私は最も近い場所に存在している然るべき機関へと向かうことにした。


***


 彼女だけではなく、私もまた事情を訊ねられたが、疚しいこととは無縁であるために、制服姿の人間に対して堂々と話した。

 彼女は病院へと向かったようだが、私はその場で帰宅しても良いと告げられた。

 面識が無い人間だが、関わってしまったからには、その存在を無視してのうのうと日々を過ごすことができなかったために、数日後、私は病院へと足を運んだ。

 初めて目にしたときとは異なり、落ち着いた様子と化した彼女は、私を認めると、頭を下げ、感謝の言葉を吐いた。

 何が起こったのか、興味を抱いていたものの、彼女を苦しめることになってしまうのではないかと考え、怪我の具合などを訊ねるに留めた。

 やがて、私が病院から自宅に戻ろうとしたところで、彼女に事情を訊ねていた人間に出会った。

 訝しむ様子を見せる相手に対して、私は見舞いに来ただけだと伝える。

 私の言葉を信じたのかどうかは不明だが、相手は短く息を吐いた後、少しばかり話がしたいと告げると、近くの喫茶店へと私を連れていった。

 其処で、彼女があのような傷を負った経緯について、伝えられた。

 いわく、目覚めたとき、彼女は山の中で手足を拘束された状態だった。

 何事かと困惑していると、地面を掘っていたのか、一人の男性が穴の中から顔を出した。

 男性は不気味な笑みを浮かべながら、準備が整うまで待っていてほしいと告げると、再び穴を掘り始めた。

 顔を隠していないことから、自分のことを生かすつもりは無いと考えた彼女は、即座に逃げることを決意した。

 幸いにも、拘束がそれほど強いものではなかったために、なんとかそれを解くことに成功すると、脇目も振らずに逃げ出した。

 木々の枝が身体を切り、何度転倒しようとも、彼女が足を止めることはなかった。

 そして、彼女は私の運転する自動車と出会ったということだった。

 彼女の傷が、他者によるものではないということに安堵している私に対して、私の対面に座っている人間は、問いを発した。

 どうやら、未だに私のことを疑っているらしい。

 だが、どれだけ疑われようとも、私に疚しいことは存在していないということに、変わりはないのだ。

 対面に座る人間は、納得したような言葉を吐くが、その視線は鋭いままだった。


***


 退院した彼女は、感謝の気持ちとして、食事を奢ると告げてきた。

 私は辞退したものの、それでは自分の気が済まないと彼女が頭を下げてきたために、仕方なく、食事を共にすることにした。

 その途中、友人から連絡があったが、彼女と過ごしているために共に食事をすることはできないと告げた。


***


 食事を終え、駅まで彼女を送ろうと考えながら店を出てしばらく歩いたところで、路地裏から不意にくだんの友人が顔を出してきた。

 その行動に驚きながらも、このような場所で何をしているのかと問うた。

 私の問いに、友人は変わらぬ笑みを浮かべながら、

「逃した獲物を、再び捕らえに来たのだ」

 その言葉の意味が分からず、何気なく彼女に目を向けると、彼女は目や口を限界まで開きながら、立ち尽くしていた。

 これはどのような意味の反応なのかと首を傾げようとしたところで、私の身体に衝撃が走った。

 身体に力が入らず、地面に倒れる私を余所に、友人は彼女に近付いて行く。

 近付いてくる友人に対する恐怖からか、彼女は腰を抜かしていた。

 その姿を見て、私は友人を迎えに行こうとしていた場所を思い出した。

 何故、山の入り口なのだろうかと疑問を抱いていたが、それは山の中で彼女を襲った後に帰宅するための手段とするために、私を呼び出したのではないか。

 今さら気が付いたところで、既に遅い。

 私は彼女と共に、自動車の荷物入れに押し込まれていた。

 この先、何が待ち受けているのかなど、阿呆でも分かることである。

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怪我をした女性 三鹿ショート @mijikashort

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