全く参考になりませんよ、先輩

参考になるかああああああ！

　加藤くん。そんなに深刻そうな顔をして一体どうした。何、賃貸仲介営業を始めてまだ成果を出せていないから不安だ？ 大丈夫だ、僕にもそんな時期があったさ。良かったら僕の経験を語ろうか？

　先輩、お願いします、か。

　君は素直で良い子だね。

　今から五年前ぐらいの話だ。僕も新卒で賃貸仲介営業を始めた頃は、成果が出なくてね。先輩から現場で教えてくれたことをメモして実行していたけれど、中々、安定しなかったんだ。精神面もキツくてね。僕には合わないんだ、辞めてしまおうかと思った時だった。あるお客様と出会ってから、僕は自信がついたんだよ。

　そのお客様はマリー・アントワネットと名乗られる女性だった。美しい見目で、見事な白髪が目立つ素敵な方だったよ。何より驚きだったのが、首がすっぽんと取れるんだ。あまりにも衝撃的すぎて理由を聞いてしまったよ。そうしたら「ギロチンで首を落とされてからタイムスリップして現代の日本に来たのよ」と笑っておられたね。どうして首が取れているのに生きているんだとか、どうやってタイムスリップしたんだとか、色んな疑問が出てくるわけだよね。でも、聞いてはいけないよ。それはお客様のプライバシーだからね。はい、ここメモする。

　僕は冷静を装いつつ、お客様の信頼を勝ち得るために真摯な姿勢を心掛けたよ。内見中はお客様の邪魔をしないこと――あぁ、でもマリー様の首がぐらりと揺れて床にごとりと音を立てて落ちた時は、スマートに拾い上げてお渡ししたよ。血液も床に飛び散ったけれど、そこは持っていた僕のハンカチでさっと拭いて、お客様に気を使わせないようにしたさ。

　結果、営業は成功。後日マリー様とお会いした時は、興奮で首から血を流すほど喜ばれていたよ。その時、マリー様の白い襟元が真っ赤に染まっていたの、懐かしいな――。

　それから僕は自信が物凄くついたんだ。

　だから加藤くん、そんなに不安になるなよ。

　人生、気にしなければ何とかなるから。ねっ。