彗星の落ちる場所

土下無月

 プロローグ

 大陸歴十五年十二月七日。その夜、青く光輝く彗星によって大陸に新たな終末の始まりが告げられる。

 その夜、ある者は主に救いを求めた。

 その夜、ある者は自ら命を絶った。

 その夜、ある者は罪を犯した。

 その夜、ある者は家族を守らんとした。

 その夜、子供達は空を見上げ、彗星の訪れを無邪気に喜んだ。

 その夜、人々はとある言葉を思い出した。

 

「彗星落ちる時厄災あり」と。


 ◇ ◆ ◇ ◆


 大陸暦二十一年六月七日

 《第四次彗星戦争》が始まり約半年。今日も西部戦線は地獄だった。

 現在帝国軍は夜明け前に開始した奇襲攻撃が失敗し目標の塹壕の手前で迎撃しに来た共和国軍と未だ陽の明けない薄暗く泥濘とかした戦場で敵味方入り乱れる血塗ろの乱戦を行っていた。


 刺突の直後で硬直している敵兵へ屈んで低い姿勢のまま走り、間合いを詰めてから銃剣で心臓を目掛けて上へ突き上げる様に刺突し敵兵を仕留め、そのまま刺突した勢いを保ったまま覆い被さる様に倒れる死体の股を潜り抜ける。


 開けた場所に抜け出したが薄暗くて鮮明には見えない。しかし、そう離れていない場所に恐らく男女と思しき二人の敵兵が背を向けて立っている。二人居る上に力勝負に持ち込まれるとこちらに勝ち目は無い。


 片割れが離れた所を見て男と思われる背の大きい方へ向けて姿勢を低くして走る。そのまま不意を突き右肩から左脇腹にかけて背中を銃剣で切り裂く。痛みに顔を歪ませながらも片手で小銃をこちらに向けて声にならない呻き声を出す敵兵の腹を銃床で突いて地面へと押し倒し、倒れこんだ所を透かさず銃剣で心臓を一突きにして止めを刺す。

 貫くとほぼ同時に片割れと思われる女の叫び声と共に後頭部へ強い衝撃を受ける。


「やめろおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 幸い鉄帽に当たり致命傷は避けられたが強い衝撃を受けたことで頭を鈍い痛みが襲い、鉄帽を投げ外し銀髪の頭をかかえて悶える。

「うぐっ、頭が……」

 痛みに悶え苦しむ中、涙と痛みで歪むその眼には黒髪の少女が先程の男の亡骸を今にも泣きそうな声を出して抱き着く姿が写る。


「イヴァンしっかりして!早く目を覚まして!ねぇイヴァン!嘘よ!目を覚ましてよ!ねぇ!イヴァン!」

 敵味方入り乱れる戦場の中、亡骸を抱き抱え少女はその瞳を潤わせる。


 パートナーだったのだろうか同情してしまいそうだが、彼女にとっての怨敵となった以上そんな能天気な事を言ってはいられない。この展開で恒例の”お約束”がある以上このまま蹲っていてはその犠牲になるのは確実。先手必勝。これが世の理だ。そう、それ以前に彼女等は所詮"彗星の傀儡マリオネット"なのだから。

 未だ頭痛により覚束ない足で立ち上がり銀髪の少女は亡骸を大事に抱き抱える少女に銃を向ける。


「ごめん、だけど私はまだここで死ねない」


 銀髪の少女は"最初"にそう言い、引き金を引いた。その直後黒髪の少女が右へと飛び出すかの様に走り出し、発射された銃弾は黒髪の少女の脚をかすり、置いていかれた亡骸へと着弾する。


 勢いのまま銀髪の少女へ向けて血の滲んだ泥濘を蹴り上げ、黒髪の少女が走る。着剣した小銃を下に向け、まるで大剣を振るう様な構えでこちらへ振り落とす。


 反射的に小銃を横にして受け止める様に持ち替える。小銃から手に伝わる衝撃で受け止めたと思うと同時に金属の折れる甲高い音と共に真っ二つとなった銃剣が宙を舞う。そして、黒髪の少女の透き通り聞き取りやすいながらも寒気を感じる、どこか感情の籠っていない冷静的な声が通り過がり様に唱えられる。


「これで君の得意そうだった銃剣は使えないね」


 読み間違えた……すっかり怒りや憎しみで我を忘れているものだと思っていたけど、彼女はそれ以上に冷静だ。さっきの頭痛もまだ続いている。このままだと押し負ける……。

 銀髪の少女は銃剣の破壊に一瞬動揺するが、黒髪の少女に折れた剣先を向けて差し込む陽光の如く一直線に突っ込む。


 今にでも怨嗟を唱えようと震える胸を抑えて冷静を装おうとする黒髪の少女。


「一つのやり方にこだわるなんて愚かだね」


 本当はこんな事言いたくは無い……だけどこのまま彼女のペースに乗せられたままだと確実に負ける……。


「さっきの奴と同じ方が君も嬉しいだろ?」

「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!殺してやる!殺してやる!殺してやる!帝国の屑どもが!イヴァンの仇!今ここで殺してやる!」


 冷静を装っていた感情を顕にし、黒髪の少女も合わせて銃剣を銀髪の少女へ向けて怒りに歪んだ形相で勢いを付け、いざ刺し違えんと荒ぶる角獣の如く突進する。

 互いに刺し違えるまで数歩という所で突然銀髪の少女が小銃の銃身部分に持ち手を変えて泥濘とかした大地を利用して右足を前に出し、滑走する。

 突然のことに黒髪の少女は唖然とした表情をする。


 小銃をすれ違い様に黒髪の少女の腹へと滑走する勢いのまま薙ぎ払う様に黒髪の少女の腹に銃床を食い込ませる。

 声にもならない声を出して黒髪の少女は衝撃で体を浮き上がらせ泥濘へと打ち付けられる。

 泥と血に塗れた銀髪の少女は黒髪の少女の前に立ち、銃剣の折れた小銃を構える。


「キミの敗因はただ一つ。あの時頭を殴るのではなく、撃たなかったことだ」

「フッ、確かにそうかもね」


 黒髪の少女が鼻で笑い、服の内側のホルダーより拳銃を取り出し、それを向けると立ち上がる。


「これでも、そんなこと言っていられる余裕はある?」

「殺す前にキミのご尊顔を拝見しておきたいからね。キミもそうだろう?」


 痛みに顔を歪ませながらも黒髪の少女は薄暗く良く見えないがそこに確かに存在する誰かへ憎しみの籠った目を向ける。


「えぇ、私もあなたの顔を見て見たいわね。イヴァンにも教えて上げなきゃだし。」


 二人の少女が痛みと息切れ、高ぶる感情に息を荒くしながら互いの顔へ銃口を向け合う。

 銀髪の少女が日の出の方角に一度目配りをする。息を整えた後、口角を上げてこの状況を楽しんでいるかの様な面持ちで言い放つ。


「さぁ……ご尊顔の拝見と洒落込もうじゃないか」


 地平線より溢れんばかりの燃えるような陽光が暗闇のヴェールに包まれた彼女等の高ぶる感情に歪んだ顔を露わとする。

 その瞬間。二人の少女の時が止まる。

 先に黒髪が「アーデルハイト?本当にあなたが……!?」

 次に銀髪が「エ、エレナ……?」


 時間の止まる二人の少女を嘲笑うかの様に戦場は真の姿を見せつける。

 生き抜こうと誓い合った同期だった物。

 帰ったら式を上げようと言う彼だった物。

 一時前まで笑い話をする戦友だった物。

 尻を蹴って威張っていた上官だった物。

 英雄になると豪語する青年だった物。

 皆死んでいた。

 ある者は野砲の砲撃で肉片と血飛沫に。

 ある者は機関銃の銃撃で蜂の巣に。

 ある者は銃剣の剣撃で串刺しに。

 ある者は鉄帽の殴撃で圧延された鉄の様に。

 硝煙と血に腐臭が混じった度し難い臭いと敵と味方の断末魔が再び情景と共に彼女等に戦場が何たるかを認識させた。

 骸となった両者の戦友達が折り重なり、砲撃痕に血溜まりを作る。

 朝日の陽光に包み込まれた戦場は夕日の様に紅く輝いた。

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