第26話 更なる楽しみ

「もっと楽しくなると思ってたのに…」


意識を失ったカインの中では、蛇が蠢いていた。


「強すぎる…勝てるわけがない。」

「…ナラ、更ナル力ヲヤロウ。」

「あるのか…そんなものが。」

「耐エラレルカハ貴様ノ『器』次第ダ。」

「俺の体はどうなってもいい。」

「…イイ覚悟ダ。」


蛇は目の光を強め、怪しく蠢く。


「ココカラ先ハ『能力』トハ違ウ…『権能』ノ世界。耐エテ見セロ。」


「じゃあもういいか…死ね。」


意識が蘇る。


「ん?なにそれ…!」


もはや半身は黒く染まり、人間としての原型を辛うじてとどめているにすぎない。


「まだ、遊べるってこと?」


ただ、彼を止めるためだけに。


「行クゾ。」

「あア。」


背中から生えた翼を使い、舞い上がる。


「『黒矢羽フェザー』。」


翼から無数の羽が矢のように放たれる。


「何それ!面白そう!」


男が糸を張るが、黒い羽はそれらを切り裂き、まっすぐ彼のもとに向かってくる。


「いいね!」


男はそれを難なく避け、手を振りかざす。


「『釣糸ライン』!」


瞬間、体が引っ張られ、急降下する。


「落チ着ケ。」


蛇の声で冷静さを取り戻し、拳を固く握りしめる。


「『哭拳ノック』!」

「『糸鞠スフィア』!」


二人の拳が衝突する。波動が周囲を破壊し、風が吹き荒れた。


「よかった…今度は楽しめそうだ!」

「絶対ニ止めル。」


彼の表情は、非常に楽しそうだった。




風の音で目が覚める。


「あれは…」


目の前にあったのは、「怪物」と「怪物」の戦い。その力の強大さに体が震える。


「僕はどうすれば…」


周りを見渡すと、糸に絡められて横たわる兄の姿があった。


「兄さん!よかった…まだ生きて…!」

「何やってる!こんなところで…」

「兄さん…ごめん…僕が弱いから…未熟だから…みんなを危険な目に…」


涙が溢れる。


「お前のせいじゃない。あいつにしてやられたんだ。…俺も、すまなかった。」


激しい音が鳴り響く街で、そこだけ、時が止まったようだった。


「あいつは…騎士団か。」

「そう、僕らのために、戦ってくれてる。」

「まるで…神話の…」


その時、黒に覆われた彼の体が地面に崩れ落ちた。




「マズイ…時間切レダ!」

「体ガ…」

「ここまで楽しめたのは、初めてだったよ。」


男は、返り血とも自分の血ともわからぬ赤に染まった顔で笑いかける。


「ありがとう。楽しかった。」




「どうすれば…」

「ジル。」


横を見ると、傷だらけの兄がそこに立っていた。


「兄さん…?」

「『サーカス』をよろしく頼む。」

「どういう…」

「この事態を招いたのは俺の責任だ。」

「待って、やめてよ。」

「今まですまなかった。」

「だめだ!兄さん!」


走っていく。渦中の二人に向かって。


その背中が遠くなっていくのを、ただ見ていることしかできなかった。




「さよなら。」


体が全く動かない。絶体絶命の状況で、仲間の姿を思い出した。ライオット団長、ラーベルクさん、レジリアさん、エスト、そしてレイ。


「走馬灯か…」


死を覚悟した。


「まだ、できるでしょ?」


どこからか声が聞こえた。




「兄さん!」


絶叫が聞こえ、意識が引き戻される。


目の前には、血だまりと、俺をかばうように立つ男の姿があった。


「あんたは、なんでだか、死なせちゃいけない気がしたんだ。」


男は、ふっと笑った。


「ほら、今だ。『行け』。」


再び力を込める。右腕に全ての力を集中させる。


「そんな…」

「これで終わりだ!」


振りかぶる。


「『闇哭ダークウェイル』!」


拳が彼の体にめり込む。


そのまま、深く。


「アアァァァァァァ!」


黒い光が辺りを包み、街には静寂の闇だけが残った。

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