第25話 少年の願い
ゲトウィンと名乗った男は、僕にとても優しくしてくれた。
まずは僕に食べ物と服を与えてくれた。大げさなコートは動きにくかったが、体を温めるにはちょうど良かった。
次に両親に会いに行き、僕を引き取る許可を取ってくれた。怒鳴っていた父と金切り声を上げていた母は、急に白目を向き、血を噴き出して倒れたが、何も感じることは無かった。
最後には、僕に住む場所までも与えてくれた。
「今日からここが君の家だ。自由にしてくれて構わない。」
温かいスープとパンは、冷たくくたびれた体をすぐにいやしてくれた。
それから数年後。
「…それは何だ?」
「あっ…ごめんなさい。」
ところどころ破れ、汚れた人形で遊んでいたのを、見られてしまった。慌てて隠す。だが、彼は僕を受け入れてくれた。
「君の『願い』はなんだ?」
「『願い』…?」
「なんでもいい。」
「僕は…」
子供のころからずっと内に秘めていた「夢」を告げる。
「僕は、『もっとたくさんの人形と遊びたい』です。」
「そうか…」
ゲトウィン様は少し笑った。
「それが君の『願い』か。」
ある日、ゲトウィン様に呼ばれ、王宮に向かった。広間にたどり着くと、数人の人影があった。
「あら、ずいぶん若いのね。」
「ふん…また増えたのか。」
「人間にしては奇妙な臭いだ。」
「…」
「よく来たな、ベノフ。」
一目でわかった。この人たちは、何か底知れない「闇」を抱えている。全てを呑み込まんとする、異様な「闇」を。
「なぜ僕はここに…」
「君を『教団』に招待したかったんだ。だが、試験に合格してからにしようと思ってね。」
「試験…?」
「とても簡単な仕事だ。」
ゲトウィン様は玉座から降り、僕の前に立った。
「里帰りを、してみないかい?」
懐かしい香り、鳴り響く音楽。見慣れた地に足を踏み入れると、瞬間的に小さい頃の記憶がまざまざと蘇った。
「父さんも母さんも、昔は優しかったのにな…」
今はもう、帰る家もない。
街に出ると、祭の準備で忙しげにする人たちの姿が目に入った。
「もう祭の時期か…っ!」
人を目にしたとたん、心臓が激しく脈打った。血液が全身を駆け巡り、高揚感に襲われる。
「あっ…はぁっ…」
「おいおい兄ちゃん、大丈夫か?」
体が熱い。頭がぼうっとする。本能が、理性の入り込む隙間を埋めていく。脳裏に、あの老婆の姿が蘇った。
「…ない。」
「え?」
「僕と『人形遊び』しない?」
平和な広場に、悲鳴が鳴り響く。
華やかに彩られた街が、赤く、黒く染まっていく。
「はは…あははは…アハハハハハッ!!!」
抑圧されていた欲望が、解き放たれていく。
「もっと早く!こうすればよかったんだ!」
少年は、自由に、そして優雅に、血に染まった街の中心で踊る。
「何がどうなっている!」
「わかりません!住民たちの動きが、急に変になって…まるで、糸で操られた人形のように…!」
「中心の少年が、犯人だと思われます!」
「何奴だが知らんが、疑わしきは罰せ!今はこの事態を収めることが最優先だ!構え!」
警備隊が一列に並び、銃を構える。
「また…」
少年は踊るのをやめ、憎悪の表情でそれを睨みつけた。
「また、僕から奪うのか…」
手を伸ばす。
「僕の『楽しみ』を奪うなら…」
猟奇的な笑みを浮かべ、少年は言う。
「死ね。」
放たれた「糸」が、キラリと光った。
一列に並んだ彼らの頭が、ストンと地面に落ちる。
現場指揮官らしき男は、腹が裂け、臓物を噴き出しながら倒れた。
「ふふふふふ…アハハッ!」
惨状の中の彼は、爽快に笑う。
「アハハハハハハハッ!」
全てから解放されたように。
「アハハハハハハハハ!!!」
少年の笑い声が、赤く染まった街に響く。
美しく広がる群青の空は、彼の新たな誕生を祝っているようだった。
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