第24話 かつて少年は
幼い頃から、「人間」よりも「人形」に興味があった。
両親は劇団で働く演者で、毎日のように稽古や公演をするために、ほとんど家にはいなかった。国外公演のために、数週間帰ってこなかったこともあった。
周りの人たちは寂しいだろうと僕にパンをくれたり、一緒に遊んだりしてくれた。だが、特に寂しいとは思わなかった。なぜなら…
「違う!手の振りはもっと優雅に!」
「まだ脚本を覚えていないのか?一字一句漏らすな!」
「もう一回だ。できるまでやるぞ。」
たまに帰ってくると、始まるのは厳しい演技指導。夜が更け、朝が来ても、要領の悪い僕では彼らを満足させられなかった。
正直、演劇は好きではなかった。初めから好きじゃなかったのか、それとも両親のせいで嫌いになったのか。もう覚えていない。だが、華やかで様々な色が渦巻くこの芸術の国において、僕は灰色のままだった。
だが、そんな僕にも楽しみはあった。
それは、路地裏を進むとある、小さな人形店に行くこと。
「こんにちは…」
「ああ、いらっしゃい。」
店主は不気味な老婆で、いつも顔は黒いベールで隠れていた。店内には球体関節人形が立ち並び、着飾られたそれらは薄暗い空間を彩っていた。
「おばあさん、またあれ見せてよ。」
「またかい?…もの好きな子もいるんだねぇ。」
中でも、店主の老婆が見せてくれる人形劇が好きだった。糸で吊られたたくさんの人形がまるで生きているかのように彼らの人生を演じ、終わると同時に魂が抜けたように崩れ落ちる。その儚さに、狂ったように惹かれてしまった。
「これでいいのかい?」
「うん!ありがとう!」
「変な子だねぇ。街の奴らはみんな嫌ってたのに…」
「どうして?こんなに素晴らしいのに!」
「…どうしてだろうね。」
老婆は先ほどまで意のままに操っていた人形を一つ手に取り、僕の手のひらに乗せた。
「やるよ。」
「え…僕お金持ってない…」
「いいのさ。どうせゴミになるだけだ。」
「いいの…?」
「いいって言ってるだろ。さ、早く帰んな。」
今までにない幸福感に満たされ、家への帰り道も華やかに感じた。何より今日は両親もいない。夜通しこの人形で遊べる…
そう、思っていた。
「なんだこれは!」
「ごめんなさい…」
「なんて不気味な人形…!どこで拾ったの!」
「拾ったんじゃないよ!おばあさんがくれたんだよ!」
「何…?詳しく話しなさい。」
「え…」
「話せ!」
子供である自分の無力さに、心底絶望した。結局、親の言うことには逆らえないのが子供だった。
予定されていた公演の中止で帰ってきていた両親に、ありのままを伝えた。
それから数日。
両親のいる数日が苦痛だった。常に監視されているような圧迫感、自由に過ごせないもどかしさ…早く、あの人形店に行きたかった。
だが、両親が出かけた今日なら行ける。
期待に胸を躍らせ、路地裏を駆ける。
昼間でも薄暗いその道の先にある人形店は…
「なんで…」
取り壊しの工事がなされ、柱や木片が山のように積まれていた。
「ん?おい、がきんちょ。危ないぞ。」
「なんで?」
「え?」
「なんで壊してるんだよ!」
「なんでって…」
「おばあさんはどこ!」
「ああ…あの気味の悪いばあさんか。」
散らばった木くずを運んでいた男は少し眉をひそめ、僕の耳に口を寄せ、残酷な事実を突きつける。
「死んでたよ。」
「え…?」
「人形なんて気持ち悪いもの売っても誰も買いになんて来やしねぇのにな。ま、顔があんなじゃそれ以前の問題か。」
意味が分からない。脳が、耳に入ってくる言葉を理解することを拒絶している。
視界がぐるぐると周り、足がもつれ、尻もちをつく。手に、固い感触があった。
「あ…」
糸が切れ、力なく横たわる人形。持ち上げると、貼り付けた笑顔を浮かべるその頭が、ポトリと落ちた。
それからは、よく覚えていない。
次に気づいたときには、街は雨で濡れていた。
手に違和感を覚え、視線を下げる。指には糸が絡みつき、糸の先には、血だらけで倒れている男たちがいた。
「ひっ…!」
事態を呑み込めず、混乱する。死体の中には腕が切れたもの、首が不自然に傾いたもの、皮膚が細かく切り裂かれていたものもあった。
「な、なにこれ…」
突然、地獄のようなその場所で、拍手が響いた。
「やはり私の目に狂いは無かったようだ。」
「誰…?」
「私か?」
暗がりから現れた彼は言った。
「私はゲトウィン・ドラグノフ。『終わり』を司る者だ。」
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