第23話 交錯

「『絶望ディスペア』!ジル君が!」

「…」

「おい!」


目の前の彼が力尽きたようにうなだれる。


「そんな…」

「オイ。」


突然、体の中から声が聞こえた。


「ヨク見テロ。」

「え…?」


見ると、の体が小刻みに震えている。


「よかった、まだ…」

「違ウ。」


が顔を上げる。その瞳は、青く輝いていた。


「ジル君…?」


が獣のような雄叫びを上げ、体をねじる。糸が絡まったの右腕は嫌な音を立ててねじ切れた。


「え?」


「教団」の男もその異常な行動に目を丸くする。


「何が起こって…」

「貴様ト同ジダ。」


は左腕と両足の糸も引きちぎり、地面に降り立つ。


「『能力』の暴走…!」


意識を失くしたまま、彼は暴れ出す。


数多の風船が弾け、たまらず「教団」の男は下がる。


それを逃さず、距離を詰める。


張り巡らされた糸が体に当たっても全く気にする素振りは無い。


「この…!」


糸が再び彼の体を絡めとる。だが…


「『炎輪サークル』。」


呟かれた言葉と同時に出現する火の輪。その炎で無数の糸が焼かれていく。


「ガァアアアァアアァ!!!!!」


人間のものとは思えない声を上げる道化師。


だが、雨に濡れた服に、赤い染みが広がっていた。


「まずい…!早く助けないと!」

「助ケテドウスル。」


蛇の声を無視し、腕に力をこめる。先ほどよりは緩まったが、絡まった糸はなおも動くことを許さない。


「くそ…!」

「答エロ。」

「そんなの、助けてから考える!」

「答エロ。」


蛇を見る。汚く濁った瞳が、今は澄んで見えた。


「『貴様ハ、何ガシタイ。』」

「『契約』の時にも言ったはずだ…俺は生きる。でも…」


再び前を向く。ジル君の口からは血が溢れ、動きも鈍くなっていた。


「俺だけじゃない。生きていてほしい。」

「『アイツ』ト同ジ事ヲ言ウカ…」


蛇の呟きが聞こえてすぐ、体に力が満ちるのを感じた。


「これは…」

「数分ダ。見セテミロ。」


全身の血が、沸き上がるような感覚。


「貴様ノ覚悟ヲ。」




「ガハッ…!」


殴られた衝撃で視界が揺れる。


「やるね…!」


久々の感覚…以来の…!


「『舞踏ダンス』。」


反撃も、舞うようにして避けられる。


「ノってるね…だけど、そろそろ限界じゃないかい?」


彼は、さらに一撃を入れようと振りかぶる。だが、その拳が振り下ろされることは無く、代わりに大量の血が地面を赤く染めた。


「なっ…」


少年は我に返ったように驚いた。その瞳の青は、もう消えていた。


「なに、これ…」


膝をガクガクとさせ、崩れるように座り込む。


「久々に楽しめると思ったんだけど…」


少し残念だが…


「じゃあね。」


腕を振る。無数の糸が、彼の息の根を止めようとしていた。


「…?」


いつの間にか、辺りが暗くなっている。


「まだ日没には早い…」


そう言えば、「教主様」と初めて会った時も…


「…!」


背後から、異様な気配がする。


「…は、まだそこまでだったのに…」


彼の手足には鱗のようなものが見え、瞳も細長くこちらを睨みつけている。


「『』と戦うのは気が引けるけど…」


彼と対峙する。人間を超えた、彼と。


「まだ、楽しめそうだね。」


双方、ゆっくりと歩みだす。


「『暗夜ブラックアウト』。」

「『紡糸スピニング』。」


真っ暗になった空間で、糸が集まり、無数の剣を作り出す。


「始めよう。」


蠢く影。這いずるような音。


剣はその全てを逃すまいと地面に突き刺さる。


「どうせ君のそれも長くはもたないんだろう?」


死角から伸びてくる蛇の口。


「『毒牙ヴェノム』!」


その牙が喉元に突き立てられる前に、蛇はバラバラに散った。


「暗闇で死角からなら届くと思った?残念。」


背後を取った一本の剣が、彼の背中を貫く。


「やはり君の『それ』は、『教主様』に遠く及ばない。」


彼が膝をつく。


「じゃあ、その力を返してもらおうかな。」


無数の糸が彼の手足を絡めとる。


魔杖マロット。」


手の糸は形を変え、一振りの杖を作り出した。


「どうしたの?ほら、まだできるでしょ?」


杖は怪しげな光を放つ。


彼はうなだれたままだった。


「ふーん…もう少し楽しめると思ったのに…」


ため息をつく。


脳裏には、幼少期の記憶が蘇っていた。


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