第22話 雨天にて

ひたすらに走っていた。


靴が濡れ、地面を踏むたびに水を吐き出す。


雨が止む様子はない。


脱獄犯の自分にとって、通りに人はいないことは幸いだった。


走る。


ただ走る。


を目指して。




しばらく走り続けた後、不意に立ち止まる。


「兄さん…」


水たまりができた道の上に、一人の男が横たわっていた。


「兄さん!」


素早く駆け寄ったその瞬間、男の体は人間の可動域を超えて跳ね上がり、首を掴んだ。


「なっ…兄さん!?」


返事は無い。そのままゆっくりと持ち上げられ、宙に浮く。


「兄、さん…離して…」


なおも返事は無い。視線を動かした先に、自分の首に伸ばされた腕があった。


腕には、幾重にもが巻き付けられていた。


「やあ、久しぶり。」


物陰から一人の男が現れる。あの夜の来訪者、ベノフだった。


「兄さんに…何をした…」

「ちょっともらっただけだよ~ああ、もちろん…」


男は意味ありげな笑みを浮かべ言う。


「君をおびきよせるためにね?」

「くそ…!」


何とか糸を振りほどこうとするが、緩む気配は無い。能力も使えなくなっている。


「無駄だよ。僕の力は『権能』って言って、『教主様』から下賜された特別な力なんだ。君たちのような『能力』では対抗できないよ。」

「何…?」

「君の能力は確かに強い。でも相手が悪かったね。」


そう言うと彼は邪悪な笑みをその顔に浮かべた。


「大丈夫だよ。君の価値は別にある。」


その指は路地の方向を指した。


「ほら、来た。」

「ジル君!」


路地から現れたのは騎士団の男。純白の制服は雨に濡れ、汚れている。


「その糸…!」

「さて、役者は揃った。」


これ以上ないほどに口角を上げ、男は言い放つ。


「『ショータイム』といこうじゃないか。」


男の声と同時に、彼の体が勝手に持ち上がる。


「な、何…」

「君ももう僕の罠に嵌まっちゃったね。」

「何をした!」

「君はクモって知ってる?」


男は指を立て、生徒に教える学校の先生のように話し始めた。


「糸を出し、網状の巣を作って獲物を待ち構えるんだ。」

「…それが、どうした。」

。」


指さされた後ろの方を見る。


そこには


大勢の


街の人たちが


。」


その中には「サーカス」の仲間もいた。


「これで『劇』ができる。」


そう言うと男は指を細かく動かした。


「『人形劇ドールパーティー』…舞台は整った。」


雲で覆われていた空が、一気に暗くなった。


を始めよう。」




体の震えが止まらない。


「そんな…」



その恐ろしさも


空に吊り下げられていた人たちの体が動き出す。


「久しぶりだから難しいなぁ。」


ありえない方向に曲がった腕も


「やめろ…」


不自然に引きつった笑顔も


「やめてくれ…」


体に力がこもる。


「うおあぁぁああぁぁ!」


渾身の力で糸を引きちぎろうとする。だが


「逃げちゃダメだよ。」


もう少しでちぎれそうだった糸が、突然ねじれた。


糸は、僕の腕につながっていた。


体の奥に響くような鈍い音。そして激痛。


「ああああああぁあぁああ!!」


ねじれた糸は肌を裂き、血が噴き出る。


隣にぶら下がる騎士団の男が顔を歪めた。


「ジル君…」

「…あんた、騎士団だろ…!」


どうしようもない怒りが湧く。


「助けてくれよ!なんで何もしないんだよ!」

「…ごめん。俺の能力は…」

「言い訳するなよ!なんで、どうして…」


涙は傷に染み込み、鋭い痛みを生み出す。


「これから君たちは、僕の『操り人形マリオネット』だ。まずは…」


男が言いかけた時、路地から人が現れた。


「ボスを離せぇぇええぇぇ!」


「サーカス」の仲間だった。鬼の形相で向かってくる。


「やめろお前ら!」

「うるさいなぁ…せっかくいい気分だったのに…」


男が指を弾く。


「『断頭ギロチン』。」


仲間たちの首が切り飛ばされる。


つけていた首飾りが、濡れた地面に落ちて割れた。


「いいとこなんだから…邪魔しないでよ。」


自分の中で、何かが切れた音がした。

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