第21話 屋敷にて
「どうし、て…」
「…あなたのお父上様がお亡くなりになられた時期、私は悲哀に打ちひしがれておりました。」
ナイフについた血を軽く振り払い、タキスタムは言う。
「そんな時、『教団』に出会ったのです。」
「『教団』…!」
「彼らは『新しい世界』を作ろうとしている…その突飛な計画は、私の心を狂わせてしまった…」
恍惚の表情で彼はナイフをもてあそんでいる。
「『教主様』も、私を温かく迎えてくださった…あれほど『神』にふさわしい御方はいません。」
「何を、言って…」
「『教主様』があなたの死を望んだ…あの御方の望みとあらば、私はどんなことでも…!」
彼はナイフを大きく振る。その刃は両目を切り裂いた。
「ああああああああ!」
「心配は全くいりません…すぐに『痛み』は『悦び』に変わります…『痛み』を感じ、死に近づくことで私たちは『神』と出会えるのです。」
彼は訳の分からないことを呟いている。
「タキスタム…どうして…何も、見えない…」
裏切られた悲しみと目の前に広がる暗闇は、心の内を荒々しくかきたてた。
階下でヤーレンさんを待っていた。それにしても、あまりにも長い。そろそろ開場の時間だが…
「ああああああああ!」
静寂を切り裂く金切り声。よく通るその声は、間違いなく彼女のものだった。
「ヤーレンさん!!」
全速力で階段を駆け上がり、部屋の戸を開け放つ。
部屋の中には、目と肩から血を流すヤーレンさんと、血の付いたナイフを持ち恍惚の表情を浮かべるタキスタムさんがいた。
状況は、一瞬で把握した。
「貴様、『教団』だな!?…『
「おやおや、下でお待ちくださいと申したはずでしたが…気付かれてしまっては仕方ないですね。」
「絶対に殺す…『
「あなたは強い…ですが『人間』である以上、何人たりとも私に勝つことはできません。」
「教団」の男は不敵に笑った。
「あなたは、この『痛み』に耐えることはできますか?」
真っ直ぐ突っ込む。その剣先は心臓を捉えていた。
だが、その刃が彼に届くことは無かった。
「…え?」
口から溢れ出す血液。それに気づいた直後、割れるような痛みが頭を襲った。
「あ…ぐ…」
剣が音をたてて転がる。頭だけじゃない。内臓、四肢…体の全てが爆発したような痛みに襲われていた。
「どうです?私の能力、『
問いかけに返答することもできず、ただうめく。タキスタムは満足そうに笑った。
「ああ!いいですねぇその苦悶の表情!」
歯を食いしばっても、体中に力を込めても、その痛みは抑えられない。激しすぎる痛みに意識が遠のく。
「そうです。『痛み』に身を委ねて…すぐに楽になりますよ。」
ここまでかと思った。
「一番の強敵であるあなたを葬り去ってしまえば、あとは容易いものです。あなたを人質に、かの神国の騎士団長に要求を持ちかけるのもいいですねぇ…」
その言葉に、何かが切れた音がした。
「ほう…まだ動けるんですか。」
少し前に、父上に言われたことがあった。
「お前は能力に頼りすぎている」と。
この間の入団試験の時も能力を多用した結果、足元をすくわれた。
それから懸命に体を鍛えた。
だが、女性の体では限界がある。
いくら鍛えてもジャックさんのような強い筋肉はつかない。
それでも、一つだけ他の人たちとは一線を画すものがある。
初代騎士団長も所持していた能力「
珍しい「光」の能力で、「神に最も近い能力」と言われている。
気付いた。それを極限まで磨き上げれば、私は誰にも負けない。
思考を柔軟にし、どんな場面でも対応できるように訓練した。
そして、わかった。
「壁」がある。
「器」の限界。能力が「器」に収まりきらず、成長を止めてしまう。
「器」は天性のもの。自分の意志で変えることはできない。
あと少し、あと少しだけ。手の届く距離なのに。
痛む体を引きずり、剣に手を伸ばす。
白く輝く、あの細い剣に。
「アナタ、イイ『器』ヲ持ッテルワネ。」
声が聞こえた。
痛みが引いていく。
「少シダケ、力ヲ分ケテアゲルワ。」
掴んだのは剣ではなく、「白い蛇」だった。
「ソレデ十分デショウ?」
「…対価は。」
意図せず、言葉が口を突いて出る。
感覚的に理解した。
能力が、共鳴している。
「私タチハヒトツニ戻リタイ。私ノ名ハ『
蛇が腕に体を這わせ、鋭く輝く歯をあらわにする。
そのまま首にまで体を伸ばし、首筋に嚙みついた。
痛みは、もうなかった。
「壁」は超えた。
「この期に及んで、まだ抗おうとするのですか。」
今なら、何でもできる。
「さっさと死んでおけばいいものを…『
「それは、もう見た。」
一瞬で距離を詰める。誰にも認識できない速さで。
「な…」
手の中の剣をイメージする。すぐに光の粒子が集まり、鋭い一振りの剣と化した。
「『
「ぐふっ…」
光の剣はタキスタムの体を貫く。すぐさまその剣を離し、新たに一つの槍を作る。
「何が…」
「『
男が反応する暇もなく、槍が突き刺さる。彼は既に、息も絶え絶えだった。
「この…待て…」
力を振り絞り、目の前の少女の体にナイフを突き刺す。光の粒子が乱れ、血が宙に舞った。
だが
「え…?」
「『
血は、まるで時がそのまま戻されたかのように体に戻り、傷も塞がれた。
「ああ…」
それを見て、彼は微笑んだ。
「私では…なかったのですね。」
光は一点に収束し、男の体を貫く。
後には骨のかけらでさえ、残ることはなかった。
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