第20話 劇場にて

「さて、エスト君。」

「はい!」

「あの男、どう見る?」


銃を構える男を見る。


「扱いには慣れてそうっスね。二丁銃って扱いづらそうっスけど。」

「そうだね。かなりの強敵だ。」


薄く笑うルドルフさん。


「君はどちらかというと前線向き、だが僕を守りながら戦う必要があるので迂闊に攻められない…ここで一つ提案なんだけど…」


ルドルフさんの手には、指揮棒があった。


「『二人で戦う』ってのはどう?」

「ありがたい提案っスけど…護衛対象を危険にさらすことはできないっス。それに…」

「足手まといだって?」


ルドルフさんは指揮棒を軽く振りながら笑う。


「僕は、一度だけ楽団の世界ツアーでリオンに滞在したとき、飛び入りで入団試験に参加したことがあってね。といっても第一次試験の能力試験だけで、直接戦ったりとかはしてないけど。」

「それで、どうだったんスか。」


彼は指揮棒を振る手を止め、ニヤリと笑う。


、次席だったかな。たしか君の先輩が主席だった。使い込まれた短剣ダガーを持っていたけど…」


たぶんラムザさんのことだろう。


「第二次試験の日はもう出発しないといけなくてね、辞退したんだ。」

「それは…強いっスね…。」

「でしょ、だからやらせてよ。」

「しかし…」


銃声が響いた。


「いつまでお話してるんですか。」

「ごめんごめん、待たせたね。」

「こちらとしては待たずとも撃てたのですよ。危機感がまるでない。」

「でも、君は撃たなかった。それが全てだ。」

「…いちいち癇に障りますね。」


銃を再び構える男。


「もう待ちません。すぐにあの世へ送って差し上げます。」

「だってさ。やるしかないね。」

「ちょっ…ルドルフさん!?」


守られるどころか、前に出たルドルフさんは指揮棒を構える。


「…何のつもりですか?」

「音楽はね、完璧なハーモニーがあって初めて完成するんだ。音、響き、そして心。それら全てが一つになった時、絶大な力を発揮する。」


頭を上げたルドルフさんの顔は、曇天に似合わない晴れ晴れしさだった。


「君も体験してみるかい?…『楽団オーケストラ』の音色を。」


腕を振り上げ、ゆっくりと振る。


「『序曲オーバーチュア』。」


音楽が鳴り響く。一瞬にして、異世界に行ったような感覚。


「まずは下準備。そして…『二重奏デュエット』!」


体が軽くなる。それに、ルドルフさんと気がする。


「行くよエスト君!」

「は、はいっス!」

「小癪な…!」


男は銃の引き金に手をかけた。


「ここで死になさい!」


そのまま乱射し出した。


「当たらないよ…『輪舞曲ロンド』。」


何十発と放たれた弾丸は向きを変え、男に刺さった。


「なっ…何をした!」

「『輪舞曲ロンド』は物体の『向き』を変える。いくら打っても無駄だよ。」

「…まだ終わってませんよ!」


男は懐から取り出した新たな銃を構える。


「これならどうです!」

「だから銃弾は…」

「ルドルフさん、危ない!『守護者ガーディアン』!」


何か違和感を覚え、ルドルフさんの前に立つ。構えた盾に大きな衝撃が伝わってきた。


「ちっ…」

「なるほど『空気砲』か。それは向きの変えようがないな。」


かなりの衝撃だった。盾を使っていなければ体が吹き飛ばされていただろう。


「油断はダメっスね。」

「なら、畳みかけるしかない…『協奏曲コンチェルト』!」


ルドルフさんの声と同時に飛び出す。二発目の空気砲を盾でいなし、そのまま懐へ突っ込む。


「どりゃあ!」

「ぐっ…貴様ぁ!」


三発目も、盾で防ぎ切った。


「ルドルフさん!」

「ああ!…『幻想曲ファンタジア』!」


ルドルフさんが指揮棒を振ると、力強かった男の目は虚ろになり、動きを止めた。


「今の、何スか…?」

「『幻想曲ファンタジア』は相手の精神をいじって、行動不能にする力さ。拘束にはもってこいだろう?」


単純な膂力での拘束を得意とする自分には、思いもよらなかった方法だった。


「楽団長!」

「ああ…もうすぐリハーサルだね。今行くよ。」


男を抱え、劇場内に向かおうとする。だが、まだ戦いは終わってはいなかった。


「『全ては…神の復活のために…』。」

「楽団長!」


楽団員の叫びに、後ろを振り返る。そこには…


虚ろな目をしたまま、自分の体に巻き付けていた爆弾に銃を向ける男がいた。


「な…!」


考えるより先に体が動いた。


すぐさま前に立ちふさがる。


「『守護者ガーディアン』、『聖盾アイギス』!」


自分の体以上の大きさがある盾を出し、前に構える。男の指はもう引き金にかかっていた。


「エスト君!」

「僕が食い止めるっス!」

「無茶だ!死ぬぞ!」


盾に体重をかけ、歯を食いしばる。


直後、空気を裂くような爆発音と共に、雨のペトリに爆炎が舞った。




「エスト君!」

「なんとか…無事、っス。」


体はボロボロ、いたるところから血が出ているが傷は浅い。ルドルフさんに抱きかかえられ、初めて痛みを感じる程度だ。


「守れて…よかったっス…奴は…生け捕りにはできなかったっスけど…」

「君は…」


ルドルフさんは、悲しそうな顔で言いかけた言葉をつぐんだ。


「すぐに病院へ!」


幸いにも、劇場は無傷だった。

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