第19話 工房にて

「ぐっ…」


痛む腹からは、血が流れ出ている。純白の制服に、赤い染みが広がっていた。


「君、本当に騎士団?凄い弱いんだけど。」


下唇を噛む。自分が情けなかった。


「生憎なんだけど、僕の能力は戦闘向きじゃないんだ。いい勝負がしたいなら、他をあたってくれる?」

「命令で殺せと言われているのは君もだ。逃がさないよ。それに…」


襲撃者は笑みを浮かべ、顎である方向を指した。


「その爺さんを守り続けてたら、勝てる勝負も勝てないよ?」


背後では、未だに大叔父のモナトが絵を描いている。


「家族なんでね。」

「家族ねぇ…くだらない。」


そう言うと男は手のナイフをいきなり投げつける。ナイフは真っ直ぐモナトの頭を狙う。


「…らあっ!」


それを辛うじて弾く。


「ほら、もうギリギリじゃん。」


自分の息が荒くなっているのがわかる。


「諦めなよ。」

「騎士団に入ったときに…」


無理矢理広角を上げ、男に答える。


「僕はもう、絶対に諦めないと誓ったんだ。」

「…どうでもいいな。」


男は今度は両手に三本ずつナイフを構えた。


「そろそろ死ね。」


ナイフは真っ直ぐ頭と心臓を狙ってくる。


ここまでか…騎士団の一員だというのに情けない。


そう思った時、後ろでモナトが立ち上がった。


「やぁっと完成したわい。」


モナトが手の筆を振ると、体に当たったナイフはまるでスライムのように曲がり、地面に落ちた。


「…は?」

「若造、もしや儂が能力を持っていないと思っていたのか?」

「持っているのか…!」

「下準備はできた。『創作』の時間だ。」


モナトは筆を空に走らせた。


「いくぞ…『創作クリエイト』、『楽園ガーデン』!」


すると一瞬で、工房に草原が現れた。


「さて、?」

「『下準備』…?貴様、俺が偽物だということに気付いていたな?」

「当然だ。詰めが甘いんだよ。」


モナトはさらに筆を走らせる。


「ああそういえば、儂の失敗作を良いと言ってくれたやつがおってな。」

「…何の話だ?」

「もう一度、描いてみたくなった。」


筆を走らせて描いたのは…


「神話に出てくる、『一対の蛇』をな。」

「何…?」


草原に似つかわしくない、白と黒の二匹の蛇。


「『具現インカーネーション』。ほれ、場所は用意したから、好きに暴れていいぞ。」


具現化し、荒ぶる蛇たち。今にも男を食いちぎらんとしていた。


「貴様…!」


男は手のナイフを握りしめる。


!!」


男は雄たけびを上げ、ナイフを構えた。




「ぐ、あぁあ…!」

「なんじゃ、あっけなかったな。」


目の前には、蛇に体を咥えられ、もがき苦しむ男がいた。


「見たところ能力も持っていなさそうだ…」

「こら、お前は寝ときなさい。」


体の傷は草原の治癒能力によって塞がった。それも見越してこの空間を作ったのだ。


「さすが大叔父さん…」

「一応、重役なんでな。護身術ぐらいは鍛えておる。さて…」


そしてもう一度男に向き直る。


「情報を吐いてもらわんとな。仲間の数、能力、お前さんの上司のこともな。」

「くそ…!」


そう言って歯ぎしりをしていた男は、急に上空を見た。




「全く、使えないんだからなぁ。」


細身の男は指を細かく動かす。


「僕は教主様みたいに能力を人にあげたりできないからなぁ…」


そう言うと、ニタリと笑った。


「だから、こうするしかないよね?」




「お、おやめください!」

「何だ…?何が見えてる?」

「お、俺はまだやれます!だから…!」


男の体から、ブチブチと肉の切れる音がした。


「あああああああああ!!」

「何…無理矢理!?」


血だらけになって蛇の口から逃れた襲撃者は、ボロボロの体でナイフを構えた。


「嫌だ、これ以上、は…」


ナイフを振り上げ、投げの体制を作る。


「いや…だぁああああぁぁあ!」


肩の関節が外れ、骨が削れるような音が響いた。直後、ナイフが銃弾のような速さで放たれる。


「避けろ!」


最小限の動きでナイフをかわし、一気に距離を詰める。


「レジリア!」

「…一旦寝とけ!」


男の首に手刀を叩き込むその瞬間、


「あ。」

「…!」


男の首が、ぐりんと半回転した。


「つっ…!」


男のナイフが鼻先をかすめる。


「おいおい…ありゃなんだ?」

「…たぶん、『教団』の『人を操る能力』…!」


男は既に息絶えていた。目に光は無く、宙ぶらりんになっている。


「…早めに片付けるか。」

「そうだね。」


これ以上、彼を見てはいられなかった。




「…なあ、ちょっと、しぶとすぎないか?」

「相手は、死人だから…」


あまりにも長く続くにらみ合いに、流石に疲弊していた。


攻撃をしかけても、彼に死角はない。すぐに防がれるかカウンターを食らう。


かわしても、可動域を超えた関節の動きで追撃される。


「…やるしかないか。」


一歩前に出る。


「何する気だ?」

「ちょっと間隔短いけど、能力を使う。」


先日使った能力。間を空けないと脳に甚大な被害が出る特性がある。


「完全開放すれば、弱点や操ってる方法もわかる。」

「危険じゃ、ないのか?」


振り返り、笑って答えた。


「心配しないで。」


既に死人となった男はナイフを投げつける。


「もう、当たらないよ。『開示アンベイル』。」


見える。全部。


次の手の動き、ナイフの軌道、そして…


微かに見える、細い糸。


「大叔父さん!糸だ!手と足が糸でつながれてる!」

「よし!」


モナトは筆で大きなハサミを作り出す。


「使え!」


そのハサミを受け取り、一気に距離をつめる。


男の腕はまた不自然な方向に曲がり、ナイフを突きつけてくる。


「それはもう。」


ナイフをかわし、まず両足の近くを切る。


微かに、ほんの微かにだが、切れる感触があった。


「切れる!」


膝から崩れ落ちる男。


「…安らかに眠れ。」


両手の近くを切ると、男の体は地面に叩きつけられるようにして落ちた。




「…やっぱりだめだね。使えない。」


そう言うと男は壁にもたれかかる。


「ま、いいや。僕もそろそろ行くか。」


男は雨の降る街を、ゆっくりと歩き出した。




「大丈夫か!」

「ごほっ…まあ、生きては、いる。」


口から大量の血が流れてくる。頭も割れるように痛い。


「いったん寝ろ。草原の力で、すぐに血は止まる。」

「うん…」


草原に横たわると、少し痛みが和らいだ。風に乗って、花のいい香りがする。


「後は頼むよ…」


呟きは、晴天に吸い込まれていった。

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